第150話目 真崎直人

 次の週末土曜日、午前の部活の指導のあと急いでシャワーを浴びて愛子を迎えに行った。


 以前、朝の海に行くために寄った時には、まだ早い時間だったためか、動く時間を感じられなかったその場所は、あの日と違って生活感に溢れていた。


 家の前に車を止めると、既にそこに立っていた愛子と母親と思しき女性が近寄ってきたため、直人は急いで車から降りた。


「こんにちは。愛子がいつもお世話になっています。ありがとうございます」


「ごめんなさい。出てこないでって言ったんだけど……」


「いえ、こちらこそ愛子さんにはお世話になっております。今日は愛子さんをお借りします。遅くならないように送ってきます」


「あらあらいいのよ、遅くまで楽しんできてくれて全然いいから」


「もうっ!いいから。じゃあ、行ってきます。NAOさん、いこ」


 愛子は両手で母親を押し込める仕草をしながら、直人に車に乗るように促してきた。


 車に乗り込み、手を振る愛子の母親に頭を下げ走り出した。


「ごめんなさい。一緒に出掛けるのが男の人だってバレちゃって……そしたら、誰?って話になって、クラウンで一緒だった人だって話したら、前に友だちとって言ってた時もその人なんじゃないかって探りを入れてきて……母が暇な時間だったから、こうなってしまいました」


「ううん、気にしなくていいよ。こちらこそ、ちゃんとご挨拶しないといけなかったね」


 ちゃんとご挨拶。言ってから、この返しだとまるでもう付き合っているようではないか……家に迎えに来るんじゃなくて、駅にでも来てっもらって待ってもらった方がよかったかもしれないなと、直人は心に湧き上がるそんな感情を当たり前と受け止める自分と、そんないい加減でいいのかと自分に問う感情で揺れた。


「NAOさん、疲れてない?部活やってきたんでしょ?」


「うん、大丈夫だよ。昨夜は早寝したし、大会があるときはもっとハードだからね。むしろ今は部活も世代交代を終えた時期で、ちょっと楽なくらいでもあるんだ」


「そっか。じゃあよかった」


 お喋りをしながら、いつもサーフィンに行く海岸沿いを走り、その場所に行く少し手前の道を右に折れ、灯台に上がっていく手前にあるカフェに着いた。


「NAOさん、あそこって、登れるのかな?」


「どうだろう?中に入れるかはわからないけど高台までは車で行けるよ。あとで行く?」


「うん、行きたい!でも、まずはチーズケーキだね」


 その灯台には、塔子とも来ていた。そしてこのカフェも。こんなところに愛子を連れてきていいのかと思わないわけではないが、話の流れからそうなってしまったのはしょうがない。カフェだけではなく、灯台まで一緒に行く。その気持ちは複雑なものがあるが、今、ここにいるのは塔子じゃない。直人は意識して塔子を記憶の片隅に追いやった。


 そのカフェの2階席では海が見えて、窓際の席も昼をだいぶ過ぎたこともあり、一つだけ空いていた席に座ることができた。


「わぁ、こんなところがあったんだ。全然知らなかった」


「灯台下暗しとはこのことかな」


「ははっ、NAOさんって、そんな冗談言うんだ」


「言ってしまって照れています。言うついでに、実はお腹も空いちゃってるんだ。チーズケーキもいいけど、まずはサンドイッチでもと思ってるんだけど、いい?AI《あいこ》さんはケーキセット先に頼んでよ」


「NAOさん、もしかしたらお昼まだだった?先にどこかで食べればよかったね」


「ううん、ここでと思ってたんだ。ここのアメリカンクラブサンドも美味しいんだよ。そうだ、お腹大丈夫ならちょっと食べてみる?いつも2カットだけど、4カットにしてもらうよ……と、2カットで半分でもいいけど、食べれる?」


「いつも?本当によく来てる場所なんだね。うん、じゃあ味見しちゃおうかな。そんなに食べれないと思うので、4カットでお願いします」


 そう言って笑顔を向けてくる愛子は、まっさらな気持ちで見たら、やはり可愛い人なのだ。なぜか罪悪感が胸をチクリと突く。どこにその罪悪感が向いているのか今一つはっきりしないのだが。


「NAOさんのお気に入りの場所で、お気に入りのものを頂けるって、嬉しい。ちょっと……なんか……特別な感じで」


 不思議だ。


 こういう可愛いこと、むしろ愛さんが言いそうな言葉だなと、ふと思った。いや、もしかしたらこういう言葉を女性は言うものなのかもしれない。……塔子は言ったことあっただろうか?


 いや、いけない。ついそっちに思考が行くのはよくないな……


「いつもの朝サーフィンのあとはまだこの店がやってないからね、だからサーフィンのあとで来るってことがほとんどないから、紹介するのが遅れてしまいました」


「教えてもらえて嬉しいです。また来たいです。あのね、これ……メニュー見ててチーズケーキも食べたいけど、パフェとかクレープとか、美味しそうなものがいっぱいだから」


「そうだね、ここは女子が喜びそうなものがいっぱいだね」


 この場合、じゃあまた来ましょうって言うべきなのだろう。が、言いそうになるのに、言いたい気持ちもあるのに、感じていた罪悪感がどうしても顔を出す。


『そうだね』この言葉を愛子はどう捉えただろう……愛子の笑顔を見たら答えはわかる気がした。


 感じた罪悪感は、愛に対してなのだろうか。

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