第148話目 クラウンフェスタ閉会式

 クラウンフェスタの翌週の日曜日。今日は昼からクラウンフェスタの閉会式とお疲れ様会が開かれる。そこではクラウンフェスタで行われた投票結果と、それぞれの入賞者3名には賞状と、ちょっとした景品が渡される。それはまあ、商品券や図書カードといった類なのだが。


 真崎直人は実行委員でもあるため、その結果は事前に把握できる立場ではあったが、自分もクラウンの一人なので、結果は当日にと思い聞いていない。


 前日の竹花愛子とのラインで、3次会まで参加する予定で今日は電車でと送ると、ならば同じ電車でと返事が来たが、実行委員である直人は2時間ほど早く行く必要があったためそう伝えると、では向こうでということとなった。


 愛子とのラインは、あきらかに以前より増えた気がする。次の週末は約束していたカフェに2人で行く。クラウンフェスタが終わり、落ち着いた気分で……そうだ、これはデートなのだ。何度か2人で会い、クラウンフェスタを終えた今、こうして会うからには、愛子も言葉にしてくれるのを待っているのかもしれない。「付き合ってくれますか?」そんな言葉を。もしかしたら、愛子のほうからそんな言葉を言う場合もあるかもしれない。その場合、自分はどう答えるのだろう?「そんなつもりじゃなかった」……そんなこと、言えるわけないか。


 竹花愛子は、穏やかな中にも優しさを湛え、気配りもするし主張もし過ぎない程度にはする、ちゃんと意思のある女性だ。愛の存在がなければ、それを迷うことなどない相手だ。


 そんなことを考えながら電車に乗っていると、写真でしか見たことのない愛の胸元までの写真が急に瞼の奥に蘇った。直人は初めてその写真を目にした時に感じたのと同じ鼓動を感じた。


 クラウンフェスタの閉会式とお疲れ様会の開かれるホテル会場に着くと、壇上には既に賞状と景品と思われる箱が並べてあり、直人のあとから会場に入ってきた実行委員の一人、杉野雅史から「NAOさーん、おめでとう」と声をかけられた。


 おめでとうか。当日の発表まで聞かないって言ってたのにな。ああ、杉野はそのこと知らなかったかと、先に聞いてしまった残念感と、どこかの賞に入ったであろう喜びが一緒に湧いてきた。


「杉野さん、新人賞は誰か知ってます?」


「新人賞はKENさんがトップだったよ。さすがにあのけん玉見せられたらKENさんに投票する人は多いよね。2位がルイさん、3位がマキシマムさんだね。NAOさんルイさんとご同業だったよね。よかったですね」


「ルイさん2位でしたか。喜ぶだろうな。ルイさんは芸がっていうより人懐こくて観客の懐に入って行きやすかったかもしれませんね。しかも3日間クラウンでしたから票も集めやすいし」


 そうだ、クラウンフェスタではこうした投票も3日間クラウンになっていた人がどうしても票を集めやすくなる。そう考えると、2日間しか参加しなかったKENがトップとは、2日間のけん玉で相当の票を集めたということだろう。……そうか、AI《あいこ》はどこにも入っていないかもしれないな。まあ、入らない人の方が多いのだが。


 直人はどこかにAI《あいこ》が入ったらいいなと、そんな気持ちが自分の中にあったこともわかっていた。新人賞は無理でも、どこかで3位までに入っていればいいのだが、新人賞に入らないのだからその希望も潰えたと思っていいだろう。


 この新人賞に限り、観客にはどの人が新人なのかはわからないので、それぞれの賞の中に入った中で、一番その得票数が多かったクラウン初参加の上位3名がもらえるものだ。それにしても、KENは今日仕事でこの閉会式は欠席なのが残念だ。本人にぜひ受け取ってもらいたかった。代わりにリングこと妹の坂本美和にでも受け取ってもらうように声をかけよう。そんなことを考えながら会場設営の手伝いをした。


 設営の準備を終えて時間までの休憩をはじめる頃になると、続々と素顔に戻っているクラウンたちがやってきた。それを見て、直人は時計に目をやり、そろそろ着く頃かとロビーに行くとソファに腰を下ろし、入り口に目を向けた。


「NAOさーん」


「みんな一緒だったんですね」


 そこには、素顔のAI《あいこ》、ルイ、リング、モモがいて、ルイは周囲の目を気にすることもなく直人に手を振っていた。


「いよいよ閉会式ですね。なんか本当に終わっちゃうんだって思うと、寂しいです」


と言うのは、自然と直人の横に来たAI《あいこ》だ。


「そうですね、みなさんは初参加で研修からですから長く感じてたでしょうし、余計にそう思うのかもしれませんね」


「寂しいけど、こうして知り合ったことだし、また集まりましょうよ。ね、NAOさん、いいでしょ?今、4人でそう話してたんですよ」


「そうですね、集まりましょう。6人でもいいし、仲間に入りたそうな人がいたら、受け入れて行きましょう」


「じゃあ、またお出かけもしましょうよ。日帰りで行けるところ探しておきますね。ああ、でもKENさんは平日休みだから都合つかないかな……やっぱり他にも誰か引き込みましょうよ。男性がNAOさんだけっていうのも、NAOさんの居心地がよくないでしょ?」


「そうですね、みなさんグループの活動で仲良くなった人もいるんじゃないですか?声をかけてみてくださいよ」


 ルイは主導権を握るのも上手く、どんどん次の予定も立てていくのだ。AI《あいこ》と2人だけで出かける予定もあるが、こうしてみんなで会うようにすれば、そのうち仲間の1人というだけになるのかもしれないな……などと、都合よく考えてみるが、それは無理があるか。


 閉会式が始まり直人は4人とは離れ実行委員の席に着く。そこから見る景色は、学校という場で教員として感じるものと同じで、立場の違いが心地よくも感じる。


 投票結果の発表をその場で聞き会場全体を見ていると、自分の名を呼ばれたことに全く実感がなく、「NAOさん」と呼ばれ、誰も前に出ようとしない様子を、あれ?NAOさんは欠席か?などと、違う誰かが呼ばれたように受け止めた自分がおかしく、あっ、俺か!と前に出ると、逆に居場所を間違えたようで落ち着かなかったほどだ。


 NAOは、『楽しませてくれたクラウン』の3位に入り、コメディー賞がもらえた。これは嬉しい。NAOにしても、2日間しかクラウンにならなかったのに票を集めることができたことは、クラウンとしての自信にも繋がる。


 芸がすごいスペシャリスト賞の2位に入ったKENは欠席で、名を呼ばれて手を挙げたのはルイのほうで、「妹のリングが受け取りまーす」と、リングを前に押し出し、周りから笑いを誘っていた。そしてそのルイ自身も、最後に呼ばれる新人賞で2位に入り、まるでクラウン姿でいるかのような驚きのポーズを取りながら前に出てきた。


 あとで知ったことだが、NAOがもらったコメディー賞の4位がルイだったと知り、複雑な気持ちが湧いた。自分が3位で嬉しかったのは間違いないが、ルイに取らせてやりたかったなと、そう思った。結局ルイは新人賞の2位だけだったが、ルイはあちこちの賞で票を稼いでいたが、どれも3位まで入るものではなかったのだ。満遍なくある程度の得票で、新人賞の2位まで上り詰めたのは、逆にすごい。


 結局、AI《あいこ》はどこにも入賞していなかった。あとで一覧を見せてもらえたのだが、AI《あいこ》の票は思ってた以上に伸びておらず、自分が近くにいたことがよくなかったかもしれないと、その時、はじめてそう思った。


 3次会を終え、帰路についた。


 3次会は、当初、仕事終わりのKENも合流して6人でと思っていたが、グループ活動で仲がよかった人を取り込みましょうというルイは、その言葉通り親しくなった数人に声をかけ、NAOたちが予定した3次会には10人の参加となった。3次会ともなると、それぞれ仲のいいグループに分かれてしまうので、4人も加わってくれたことで、ルイの人望がこんなところでもわかる。中でも、ルイと3日目に同じグループにいたジブタンは、NAOと同じ年にクラウンになった同期で、今年のこのグループがなければ、NAOはジブタンたちと行動を共にしていただろう。


「やっとお声がかかりましたか」


「いや、すみません。今年は同業を引っ張り込んだんで、こっちばかりに顔を出してました」


「まあまあ、いいですよ。NAOさん、わかってますから」


 ニヤケ顔して思わせぶりな応答をしたジブタンからあとで聞いたところによると、どうやら直人が竹花愛子といい感じになっているので、同期のグループには入ってこないと言われていたようだ。そんなふうに見られていたとは全く気付かず、マズかったかなと後悔めいた気持ちになった。


 そんな具合に、帰りも同じ電車に乗る8人がぞろぞろ一緒だったため、愛子と交わす言葉もその場の全員と通じる話ばかりとなり、直人はホッとした気持ちと物足りなさの両方を持ち帰宅した。

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