第145話目 交流99


 NAOの手にマスコットが届いたことを喜びながらも、今日もクラウンフェスタに行ったのに正体を明かせないままだったことを、NAOが、直人がどう思っているのかが不安で、そのごちゃ混ぜな感情で帰路についた。


 今夜、NAOはどんな書き込みをしてくれるだろうか。今夜は遅くなると、今日、NAOが出がけに書き込んでくれたゲストページにはまだ返事を入れていなかった。


「マナ、遅かったじゃない」


「沙穂がどうせならグランドフィナーレも見たいっていうから見てきちゃった。ごめん、先に食べててもよかったのに」


「まあ、いいよ。休日だし、朝もゆっくりでお昼も遅かったからね。それはそうと、あんた知ってた?図書館の坂本さん、そのクラウンフェスタに出てたんだってよ!今日、美菜が美弥に聞いてきたんだけど、どれが坂本さんなのか、わかった?」


「ええっ?坂本さん、いたの?全然わからなかった。っていうか、クラウンのあの顔じゃあ誰が誰だか全然わかんないよ」


 誤魔化した。


 まさか美菜がそんなことを聞き込んでくるとは思わなかった。美菜と一緒に図書館に行ったとき、坂本さんがそこにいたら、そんな話題が出るかもしれない。「お姉ちゃんも見に行ったんだよ」と、美菜なら言いそうだ。でも、私は全く気付いていないんだし、坂本さんが気づいたと言ったとしても、「えぇ~っ、言ってくれればよかったじゃないですか~」なんて、不自然に思われないような返事をすればいい。坂本さんに、KENに自分がブログで交流のあるAIだと気付かれないように気をつけなければ。


 そんな話題で夕食を終え部屋に行くと、入浴の支度をしてまた1階に下りた。今夜も父の希望により、先に風呂に入ることになったのだ。実は愛美にとっても、この方が都合がいい。


 風呂を終え部屋に戻ると、愛美は早速パソコンを立ち上げてブログを開いた。まず今朝の直人の書き込みに返事を入れておかなければと思ったのだ。


 ログインすると、新たに書き込みがある知らせが灯っていた。直人は遅くなると言っていたから、KENかもしれない。そう思いゲストページを開いた。


 『AIさん、こんばんは。クラウンフェスタを終え、帰宅したところです。終えてみると、この2日間は、夢の中にいたのではないかと思うくらいの2日間で、自分だけど自分じゃないKENが自分の身体に入り込んで、自分とは違う2日間を過ごしたような、そんな感覚です。そして今、KENじゃない自分に戻ったはずなのに、まだKENが残っているような感じです。AIさん、昨日は楽しんでもらえましたか?』


 やはりKENだった。KENの昨日の書き込みにもまだ返事を入れていなかった。そのことも気にはなっていたけれど、昨夜はとてもそんな気持ちにはならなかったのだ。愛美は今朝のNAOの書き込みのあとにKENに返事を書こう。そう思った。


 『NAOさん、こんばんは。今朝は忙しくてブログを開く時間がなくて、こんな時間です。クラウンフェスタお疲れ様でした。実行委員とクラウンの兼任で、さぞ忙しくお疲れのことと思います。明日は仕事ですよね?今夜は早く休んでくださいね』


 それだけ書き込むと、投稿した。すると投稿のあとのゲストページの画面に、新たに新しいものが表示された、そこには2枚の写真が写し出されていた。


 写真は、どこで撮ったのかNAOが全身でポーズを取っているものと、もう1枚はマスコット人形だった。よく見ると、ポーズを取っているNAOの持つポシェットにも人形がついている。今日撮ったものだということだ。そして写真以外には何の言葉もない。言葉は次のゲストページに書かれるのか、それとも写真だけということに何か意味があるのだろうか。


 それは今日、そこに行ったのに合図をしない私への怒りかもしれない。でも、誰からともわからないNAO人形をこうして載せたのは、これは愛からだという確信からだろう。そこにNAOの言いたい言葉が込められいるとも思え、どう言葉を返したらいいのかしばらく悩んだ。次のゲストページが入るかと、しばらく待つもすぐに書き込みは入らない。


 愛美は何か書き込まなければという焦燥感に捕らわれた。直人が言葉を待っている。そんな気がした。


 『直人さん、おかえり。写真、見せてくれてありがとう。クラウンフェスタお疲れ様でした。たくさんの人を楽しませ、自分も楽しんで、いいクラウンフェスタだったんじゃないですか?このマスコット、可愛いでしょ?今朝、早起きして急いで作ったからじっくり見られると粗が見えちゃう(笑)今日に間に合ってよかった。……ただ、ごめんなさい。直接渡すことがどうしてもできずに、実行委員さんに渡してしまいました。NAOさんの手に届いてよかった。マスコット、持ってくれてありがとう。今日、行く予定じゃなかったんだけど、今朝、急に思い立って作っちゃって、どうしても届けたくなって行ってしまいました。2日続けてNAOさんを目にできて、いい2日間が過ごせました。ありがとう、NAOさん』


 そのコメントを投稿した瞬間、直人から新たなゲストページが入った。


 『愛さん、ただいま。今、部屋に帰りつきました。さっきね、電車の中から写真だけ先にスマホから投稿したんだ(笑)このマスコット、愛さんだよね?愛さんでしょ?絶対に愛さんだよね?絶対に愛さんからだって思ったから、今日はチビNAOも一緒に芸をしてもらったよ。見てくれた?クラウンフェスタ、楽しかったなぁ……次が1年先だと思うと、待ち遠しくて仕方がないくらい。愛さん、クラウンフェスタに来てくれて、ありがとう』


 どうやら愛美がコメントを書いている間に直人もゲストページを書いていたようだ。直人が写真だけを投稿したことで、そこに何か、自分が正体を明かさなかったことに対する意味があると考えるなど、愛美の杞憂に過ぎなかった。


 バカだな、私。


 直人がどんな人なのか、ちゃんとわかってたのにこんなに不安になるなんて、こんな疑心暗鬼になるなんて……


 心はこんなに近いのに、直人は手が届かないほど遠い。


 もう、何度も何度もそう思ってきたはずなのに、それは本当は逆のことだと気付いた。


 直人は近くにいるのに、触れようとすれば触れられるほどの距離にいるのに、心はこんなにも遠い。そうだ、遠いのは心のほうだ。


 心の前に立つ壁は、それが天に届きそうなほど高いものだ。そしてその壁を作ったのは、まぎれもなく自分自身だった。

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