第144話目 ブロガー17

 クラウンフェスタの最終日、それぞれの担当場所でのグループでの活動を終え、最後のメイン会場がある城跡公園のメインステージにクラウンが集合して舞台に立った時、NAOが腰の辺りにマスコットの人形をぶら下げていることに気付いた。昨日はなかったものだ。


 それを目にした時、もしかしたらマナが作ったものかもしれないと、直観的にそう思った。マナは昨日、自分がブログで交流のあるAIだとNAOことMASATOにバラしたのだろうか。


 いや、いや、そんなことは絶対にないはずだ。マナが自分がAIだとNAOに、……自分の通う学校の先生でもある真崎直人に正体を明かすなど考えられない。


 ここは一つ、ルイに活躍してもらうとするか。


 ルイには昨日も、観客の中にいたマナと関わるために、マナが腕に付けていたバルーンアートに目が行くような誘導に成功していた。昨日の様子ではマナがNAOに正体を明かした様子は窺えなかった。それと同じことをまたしようと画策していた。


 グランドフィナーレを終え、今気づいたとでも言うように隣にいたルイと顔を合わせ、お道化たようにNAOの腰の辺りを指さし、ルイにその存在を教えた。グランドフィナーレを終えた後でも、クラウンの姿でいる間は、クラウンとして振る舞う。研修でもそう教えられていた。そしてそれに気づいたルイも、KENと顔を合わせ頷き合い、パントマイムで可愛らしわねとでも言うような仕草をしていた。


「NAOさん、それ可愛いですね。それもご自分で?」


 クラウンの控室に入ると、早速ルイはKENの思惑通り、NAOにマスコット人形のことを聞いてくれた。


「いえいえ、これは友人が作ってくれたんですよ。可愛いですよね」


「うん、可愛いです。そういうマスコット、私も作ってみようかな、自分のやつ。でもあまり裁縫は得意分野じゃないんだけど、鬼が笑う話だけど来年用に今から作ればできるかな。あっ、KENさんのも作りますよ」


「え?いいんですか?大変なんじゃないですか?」


「1年あるからきっと大丈夫。っていう反応ってことは、KENさんも来年もクラウンフェスタ参加ですね」


「まあ、できれば参加してみるのもいいかなと思っています」


 作ってくれたのは友人か。マナではなかったんだな。


 その時はそう思った。が、そのやり取りを聞いていたクラウンのAIが夜遅くに送ってきたラインで、やはりあれを作ったのはマナなのではないかという気持ちが強くなった。


 ~KENさん、クラウンフェスタお疲れ様でした。みなさんとのお疲れ様会が楽しみですね。ところで先程のNAOさんのマスコットの話ですけど、私も昼間NAOさんから友人からだって聞いたんですが、私、NAOさんと同じグループだったから気付いたんですけど、あのマスコットは落とし物だと届けられたものなんですよ。NAOさん、朝は持っていなかったんです。落とし物で届けられたものを友人からだって話してたので、ちょっと気になって……って、KENさんにわざわざ話すのも変ですけど、なんか聞いて欲しくて~


 そうか。


 AIがなぜ自分にこんなラインを送ってきたのか、答えは簡単な気がした。AIこと竹花愛子はブログにいるKENが坂本拓也だと知っている。もしかしたら、竹花愛子もKENのブログを読んでいるうちに、そこに出入りするAI《マナ》からMASATOに辿り着き、MASATOがNAOだと気付いたのだろう。NAOに好意を持っているだろう竹花愛子が、自分のクラウン名と同じ名前を持つAI《マナ》というブロガーが気になるのは当たり前だ。だからAI《マナ》の記事を遡って読めば、MASATOことNAOとの親しげな様子は読み取れただろう。


 そこまで竹花愛子が感づいているとしたら、あのマスコットはもしかしたらそのブロガーのAI《マナ》からではないかと思っても不思議はない。


 昨夜は必ずAI《マナ》がブログに来ると思い待ったが、KENの書き込みに返事が入ることはなかった。マナはクラウンフェスタに来ていたし、一緒に写真だって撮ったのだ。もちろんクラウンのKENは、ブロガーAIが寺井愛美だとは知らないはずだと思っているだろうし、AI《マナ》はKENが坂本拓也だとは知らない。3日にはクラウンフェスタに行くと言ったのはAI《マナ》だ。だったら、昨日はクラウンフェスタに行きましたとか、KENさんを見ましたとか、そんな言葉を書いてくれてもいいじゃないか。なのに書き込みはなかった。


 そして、今夜もまだ書き込みがない。AI《マナ》のブログは、新しい記事も新しいコメントも見当たらないのに、統計のコメント数が昨夜も今夜も増えていく。そりゃそうだろう、その話し相手は絶対にMASATOだ。AI《マナ》はクラウンフェスタでNAOとかなり近い距離まで接近したのだ。昨日、マナの腕に巻かれたあのバルーンの花、あれはNAOが作ったものだ。その時、どんなやり取りがあったのだろう……同じグループにいた竹花愛子に聞けば何かがわかるかもしれないが、さすがにそれは聞けない。KENがブロガーAI《マナ》の正体を知っていると気付かれる恐れがある。それだけは避けたい。


 ~AIさん、そんなことがあったんですか。落とし物として届いたものを友人からと言うとは、謎ですね。ですが友人から頂いたものを落としていたということかもしれませんし、朝持っていなかったというなら、落としたのが今日とも限らないですよね。AIさんが気づかなかっただけで、昨日、どこかで受け取っていたのかもしれないし。わたしもクラウンの知り合いや家族が来ている人たちも多く見かけましたよ。ああいうの、話をしなくても知り合いだなって、気付くことがあるじゃないですか。気になっている相手の言動は気になるものでしょうが、NAOさんがそう言うんだから、あれは友人からのものなんでしょう~


 ちょっと無理があるかなと思わないわけでもないが、こんな返事でいいか。


 正直なところ、マナがどんなにNAOに……MASATOに想いを寄せようとも、マナは自分の正体を明かさないだろう。それは、KENが、タクシーがAI《マナ》に正体を明かさないのと同じだ。つまり、AI《マナ》とMASATOは決して結ばれることのない2人なのだ。ブログでAI《マナ》の気持ちを自分に向けたいと思っていた。そのために、クラウンAIとNAOが上手くいくといいと思っていたが、そんな疚しい気持ちとは違うところで、この2人には上手くいって欲しいと思うようになっていた。だからクラウンAIにはNAOを疑うような感情を持って欲しくはない。


 やはり現実はここにあるのだ。あそこにあるのは虚構なのだ。おかしなもので、ルイと親しくなっていくことで、自分の気持ちにも変化が出てきたのだった。


 今夜もAI《マナ》はまだ来ない。


 少し前までは、こんなとき嫉妬の中に恨めしく思う感情が湧いたものだが、どういうわけかその感情はあわれみのようなものに変化しつつある。それはKENに、タクシーに向けた感情ではなく、マナに向けたものになっていることにも拓也は気づいていた。


 どんなに一生懸命想っても、ここにいたままじゃあどこにも進めないんだぞ、マナ。

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