第143話目 クラウンフェスタ8

「NAOさん、これ、落としていましたよ」


 休憩に入ったクラウンフェスタの期間だけ借りているビルの空き部屋に入り、お茶で喉を潤しているときに、実行委員の一人からそう言われて受け取ったものは、直人には全く見覚えのないマスコット人形だった。


「あの、これ拾ってくれたのって……」


「ああ、若い女性の方でしたよ」


「どんな感じの人でした?」


「えーっと、すみません。そこまでよく見てなくて……人混みの中で、一瞬だったし」


 瞬間的に思った。愛さんだ……と。


 このマスコットは、明らかにNAOだとわかるもので、それを今日、自分に届く形で実行委員の手に渡すようにできるのは、愛さんだけだ。直人にはそうとしか思えなかった。


 直人はそのマスコットを持つ手が熱くなることを感じ、それは自分自身が熱を持つように熱くなっているからだと気付くのに、そう時間はかからなかった。


 愛さんがいる。今日も、愛さんがどこからかNAOを見て、NAOに会いにきている。そう思うと、NAOの姿になる前にチェックした、今朝、愛のゲストページに入れた言葉に返事がなく、どうしたんだろうと訝しく思った答えがここにあることに思い当たった。


 愛さん……これ、いつから作ってたんだろう?クラウンフェスタは3日しか来ないような口ぶりだったじゃないか。言わないでこんなものを作っていたのは自分を驚かすためか。熱くなりそうな目頭を瞬きで誤魔化し、マスコットをポシェットに括りつけた。


 どこかに愛がいる。


 そう思っただけで、自分の手がついマスコットを触ってしまうことに気付き、直人は自分がクラウンでいる間のNAOは、その事を笑いに変えてしまおうと瞬時に考えた。


「それ、昨日はなかったですよね。あれっ?さっきまでそれつけてましたっけ?」


 チビNAO。今からお前はNAOのパートナーだ。そう言うように顔に笑みを浮かべチビNAOを優しくポンポン叩く仕草を見たAIが、首を傾げながらそう問いかけてきた。


「いえ、友人が作って届けてくれたんです。可愛いでしょ?」


「ホント、すごく可愛いです。NAOさんの特徴が上手く捉えられていますね」


「さて、そろそろ次、行きますか」


 笑顔で頷きながらAIに答え、部屋を出るクラウンたちに続いた。


 どこかに愛がいる。


 外に出ると、先程とは空気が変わったように、零れてくる日差しさえ何か特別なもののように感じ、NAOは空に向かって大きく息を吸い込んだ。


 街中でもどこかに愛がいると思うと、クラウンらしく街ゆく人にちょっかいを出しながら、つい若い女性に目が行く。この人が愛さんかな?と、たくさんの人に笑顔を振りまきながら愛を探した。


 第5広場に着くと、ここも先ほどの駅前広場同様、かなりの人の輪ができており、このどこかに必ず愛がいると、昨日同様、観客にただ目を向けるだけではなく意識してその顔を見るようにしていた。


 NAOは自分の出番を待つ間、何度かチビNAOについている紐を緩め、をポシェットの上の方に持ち上げて、チビNAOに向かって何か話しているような、何度も頷くような、そんな仕草をして、時折チビNAOを刷毛で掃ったりして、観客の中にはそれに気づいている人もいた様子であった。


「では、続いてはバルーンアートのNAOさんです」


 その紹介と共に広場の中心に立つと、NAOは先程と同様に、チビNAOを持ち上げ、何かしら頷いたり聞いたりの仕草で、観客の笑いを誘った。


 それからNAOは、チビNAOに作れと言われたんだというように装い、いつも通りのバルーンアートを作り、観客の希望に応え、大盛り上がりのその場にいる愛と同じ空間を全身に感じながら、自分もめいっぱい楽しんだ。


 ただ、愛がどこにいるのかわからない。


 その場を去る時も、このクラウンフェスタの最終日、最後の出番があるメイン会場の城跡公園でも、どこかに愛がいたはずなのに、自分の小指は愛を捕らえられず、視線の中に愛を見つけることができず、NAOは、楽しくて楽しくて楽しくて、だから悲しかった。


 チビNAO。お前はこうしてNAOの手の中にあるのにな。


 ギュっと握りしめたチビNAOは、NAOの心を表すように歪んで泣いていた。


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