第142話目 クラウンフェスタ7

 愛美はNAOにおやすみなさいを言ったあとも、NAOとツーショットになるように加工した写真を画面いっぱいに出し、しばらく眺めていた。満面の笑みの中にもおちゃらけた顔を覗かせ、NAOは本当に楽しそうにカメラに写っていた。そんなNAOの顔から真崎先生を引き出し、ああ、こんな顔をするんだなと、学校では絶対に見せないであろうその顔を、何度も目に焼き付けた。そしてまた今日撮ったNAOの写真全部に目を通し、パソコンを閉じた。KENへの返事も書かなければと一瞬思ったが、今夜は心の中も頭の中も目の中も、他の誰にも邪魔されたくなかった。


 翌朝、かなり早い時間に起きると、愛美は机の引き出しからフェルトを取り出すと、「うん、できる」と呟き、着替えもせずに作業に取り掛かった。


 家政科に籍を置く愛美にとって、裁縫は特に苦なものではなく、机の中には授業で使った布や毛糸等の家庭科で必要なものはある程度揃っていた。


 愛美は昨夜ベットに入ると、ふとクラウンたちが衣装に付けていたフェルトの初心者マークや大きなボタン、手作りのアップリケなどを思い返しているうちに、そうだ、NAOにマスコットを作れないか……と、そんなことを考えながら眠りについたのだ。そんなことが頭にあったためか、目覚ましが鳴るよりだいぶ早くに目が覚め、今日、出かけるまでに作れるかどうかを朝から確認し作業に取り掛かったのだ。なに、そんな難しいものを細かく作るのではない、人形の形にNAOが着ている衣装に似た色で衣装を作り、前面に刺繍糸でNAOと入れるだけの手軽なものだ。


 途中朝食を挟み、4時間ほどをかけ作り上げると、そのマスコットに紐もつけた。これならNAOが持っていたバルーンを入れていたポシェットに取り付けられる。


 愛美は急いで支度をし、そのマスコットを「落とし物」として届けるために包装せずにバックに入れると、急いで家を出た。昨日より1時間以上出るのは遅れてしまったが、NAOの1時からの出番が駅前広場でもあることから、それには間に合う。


 駅前広場に着くと、すでに人の輪ができており、その中心にクラウンたちがいた。


 愛美は輪の一番外側に立ち、人だかりの頭の隙間からNAOの姿を目で追った。NAOは昨日同様、出番の待ち時間も落ち着きなく周りを楽しませ、NAOもそれを目いっぱい楽しんでいる様子が窺えた。


 今日はこんなふうに外側から見られるだけでいい。


 直人には2日続けて生徒の寺井愛美がクラウンフェスタに来ていることを知られている。さすがに3日続けてとなると、どう思うだろうかと不安にもなる。落とし物を届ける今日は、寺井愛美として直人の目に入らないほうがいい。


 投票も終盤となり、人の輪もばらけてくると、クラウンたちは城跡通りに向かって動き始めた。それを遠目に見送くると、少し離れてコンパクトな台車に投票箱を積んで動きはじめた実行委員の一番最後を進む人に声をかけた。


「これ、落ちてましたけど……」


「あっ、ありがとうございます」


愛美は自分の父親ほどの年齢のその実行委員にマスコットを渡すと、チラッとNAOたちクラウンの方向に目をやった。よし、全くこちらの様子には気付いていない。距離もあったことで、NAOに気付かれることもなくそれを渡すことができて、愛美はホッと胸を撫で下ろした。


 そのマスコットの行方が気になった愛美は、その実行委員からある程度の距離を取り、同じ方向に向かって行った。この2日間の様子から、いったん休憩に入るのではないかと当たりをつけて追っていると、やはり途中で路地に入って行った。


 愛美はしばらく城跡通りで街中にいるクラウンを見たり、顔にペイントしてもらう様子を眺めたりしながら、NAOの次の出番がある若葉通りの第5広場に向かった。昨日の様子から、NAOたちは入った路地から出てくるとは限らないからだ。そして今度はNAOたちより早くその場に行き、NAOに見つからないように注意しながら先程のように輪の外側に立つようにしたいのだ。


 思惑通り、NAOたちより早くその場に行くと、既に輪は出来始めていた。やはり毎年このイベントに来ている人たちは勝手を知っているため、場所取りに余念がないのだろう。この2日間の様子から、クラウンの知り合いと思われる人たちも最前列を取って座っている場面も何度か目にしていた。


 どんどん増えていく人波の中で、NAOがどこから出てくるのかを不自然にはならない程度に首を動かし探った。


 すると、第4広場と第5広場のちょうど真ん中辺りの路地からクラウンの集団が現れた。NAOのグループだ。これだけ人が多いと、NAOの視線がこちらに向いたとしても気づかれないだろう。そうは思ったが、やはりNAOを注意深く目で追い、こちらに顔が向く時は、前の人の頭の後ろにすっぽりと入るように隠れた。


 それに気づいたのは、そんなふうにしながら目で追っていたときだ。


「あっ」


 心の中で、あっと言ったつもりが声に出たらしく、斜め前に立つ女性が振り向いた。それに気づかぬ振りをしながら反対方向に目を向けた。


 驚いたのは他でもない。NAOが、マスコットをつけていたことだ。愛美が想像した通り、NAOは膨らませる前のバルーンを入れている小さなポシェットの紐の部分にマスコットに付けた紐を通して輪を作りマスコットをくぐらせるような形でそこにぶら下げていたのだ。


 もしかしたら……もしかしたら、直人も愛が今日も来ていると確信したのかもしれない。


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