第140話目 交流97

 愛美は今日1日、めいっぱいNAOを目に焼き付け、腕に刻まれたNAOとの思い出をきちんとカメラに収めてからバルーンを取り外して帰路についた。流石に電車の中でバルーンをつけっぱなしにする勇気はなかった。電車の中にはペイントしてもらったままの顔で乗っている人もいたが、街から離れてきた電車の中という空間は、徐々に日常へと時を変えていた。


 市民文化祭での美菜たちの吹奏楽の話や、愛美が行ったクラウンフェスタでの話題で夕食はいつもより長く時間を取り、父の和弘は、まず自分の娘が写る吹奏楽の写真をパソコンに取り込むと言い、和室に入った。それを聞いて愛美はホッとした。撮った写真を先に見せろと言われたら困るなと思っていたのだ。なぜなら、明らかにこのカメラの中にはNAOの姿が多く、それを訝しく思われたら嫌だなと思ったのだ。まあ、そうなったらなったで、いっそ同じ学校の先生を見つけたと言ってしまえばいいかと思っていたのだが。


 父親が和室に入るところを見届けてから愛美も自室に戻ると、早速パソコンを立ち上げ、写真を取り込んだ。


 NAOがたくさんいる。


 たくさんのNAOを撮ってきた自覚はあったものの、想像以上にその数は多く、その一枚一枚にその時のNAOがいて、それを思い出す愛美の顔は、つい綻んでしまうことが止められずにいた。中でも、NAOと一緒に写る一枚は、その瞬間のドキドキがまだ湧き立ってくるようで、ニヤニヤが止まらない。その時のNAOは、愛美の隣で両腕を広げて、左手を前に、右手を愛美の頭の上から手の平を見せるようにしていて、NAOのお茶目な感じが伝わるようで、NAO可愛いな……と、本当にそう思った。


 が、反対側を見ると、愛美の横には一人の男性のクラウンがいて、その向こうにいるのは胸の辺りで手で花の形を作るようなポーズで写る、クラウンのAIがいた。それを見た瞬間、そこにいたのは知っていたけれど、こうして一緒に一枚に写るところを実際に目で見ると、先程までのニヤケ顔が一気に冷め、冷ややかなものが身体を覆った。


 愛美はペイントを開きトリミングをし、もう一人の男性クラウンには申し訳ないが、最初からNAOと2人だけで写っていたように加工をし、クラウンAIを消し去った。


 今夜は自分がクラウンフェスタに行ったことをNAOに知らせるためにも、撮った写真をNAOに見せようと思っていた。どれにしようか一枚ずつ見て行くと、KENとルイと写る一枚が現れた。


「ふっ」


 思わず笑みが出た。KENはまだ顔に緊張が残り、少しだけ肩が上がっていた。ルイのほうはもうベテランのように満面の笑みを湛え、隣にいるKENの頬に掌を上に向け人差し指の指先が触れるほどの近さで指差して首を傾げるポーズで写っていた。


 これもいい一枚だな。あっ、あとでこの写真を美菜に見せよう。坂本さんだと気付くかな?気付いても気付かなくても、美菜がそう言ったら、私はえっ!?て顔をして見せて、「違うでしょ?今日、図書館休みじゃないじゃん」……なんて言ってみようか。


 そんなことを考えながら、NAOに見せる写真を探していった。そして城跡公園で撮った一枚の写真に目が留まった。やっぱりそうだ、これがいい。撮っているときにも、これはいい一枚になる予感があった。NAOの満面の笑みは、その場を沸かせ、観客を楽しませ、自分もその場を楽しみ、見ているだけで楽しそうなNAOがそこにいた。NAOは自分の出番を終えても、そこにいるだけで、見ているだけでその滑稽な動きが目を引いていた。城跡公園はメイン会場のため、ストリートとは違い会場も広くて観客も多い。立つ輪の2列目辺りに場所を撮った愛美の姿は、ほとんどの間カメラを向けていたためNAOに気付かれた様子もなく、いい写真が撮れたのだ。時折前に立つ人が動いて、写真を撮る邪魔をされたのが玉に瑕だったが。


 写真をNAOのゲストページに届けると、愛美はSDカードの中から、NAOだけが写る写真を削除した。これで家族に見られても違和感を持たれないだろう。


 そうこうしていると、階下から愛美を呼ぶ声がした。愛美が撮った写真を取り込みたいらしい。呼ばれる前に削除できてよかった。


 父の和弘がパソコンに取り込んだクラウンフェスタの写真を家族で見ながら、どんな芸をしているのか説明をしていると、母の美穂に言われた。


「愛美ほとんど写ってないじゃん。友達と一緒に撮らなかったの?」と。


「そりゃそうだよ、メインはクラウンだし、私が写ってるのは沙穂が撮ったものだし、沙穂のスマホには私が撮った沙穂が写ってるよ」


 上手く誤魔化せたかどうかわからないが、友達の沙穂と2人で行った図にしたつもりだ。KENと一緒に写る写真も、美菜はそれが坂本さんだとは全く気付かず、「この人、ポーズしてないじゃん」と笑っていた。


 風呂を済ませ部屋に戻り、再びブログを開くと新着が2件入っていた。一つ目はKENだ。


 『AIさん、こんばんは。今日は本当に疲れました。はじめて人前で芸を見せることがこんなに緊張するものだとは思いませんでした。ところでAIさん、今日は……来ていただけましたか?』


 そうだよね、私がいたかどうかわからないんだから、こう聞いてくるよね。


 愛美はKENに返事を書く前に、もう一つ、NAOからのゲストページを開いた。NAOからだとわかっていたし、早く読みたいとはやる気持ちがあるからこそ、先にKENのほうを読んだのだ。


 『愛さん、ただいま。愛さん、来てくれたんだね。嬉しいよ、本当に嬉しい。愛さんの目にNAOがどんなふうに写っていたのか知ることができて嬉しいよ。写真、ありがとう。いい顔をしているね……って、自分で言うのも変だね(笑)愛さんは?楽しんでくれた?クラウンたちは愛さんを楽しませてくれたかな?……今日ね、愛さんいるかなって、あの人かな、この人かなって、すごくたくさんの人に手を差し出して、手合わせをしてもらったよ。あっ、手合わせといえばね、今日、階段のTさんが来てたんだ。やっぱりクラウンに興味があるのかなって思ったよ。絡んで行ったら「以前病院で見かけたクリニクラウンさんですよね?」って言われちゃった。やっぱり病院でしっかり覚えられてたみたい(笑)でも……先生だって全く気付かないんだよ!(笑)でも、病院で見かけてクラウンに興味を持ったとしたら、それは嬉しいことだけどね』


「ふっ」


 気付かないわけないじゃん。


 会いに行ったんだよ、直人さん。

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