第139話目 交流96 MASATO

「NAOさん、今日、NAOさんから作ってもらったお花のバルーンアートを腕にしている子に会いましたよ。その子ね、花の周りに花柄のペイントをしてもらっていて、すごく目を引いてました」


 2日目のクラウンフェスタを終え着替えを置いている控室に続々とクラウンたちが戻ってきており、NAOを見つけたルイがKENと近寄ってきていた。


「ああ、気が付きました?実はあの子、うちの生徒なんですよ。せっかくなんで、楽しませようと思って近づいたんです。気づかれるかとヒヤヒヤもしたんですけど、全く気付いてくれませんでした。今日は他にも何人か生徒の姿を見つけて、あと2人ほど絡んで行ったんですが、本当に気付かないの?と思うくらい気付いてもらえませんでした。逆に逃げられちゃった子もいて」


「あらら、そうでしたか。実は私も生徒を見かけたんですよ。でもさすがにバレるのが怖くて近づけませんでした。NAOさん度胸ありますね」


「あの……NAOさん、あの子って、寺井さんですよね?」


「あ、はい……っていうか、KENさんも知ってるんですか?」


「寺井さん、よく図書館に本を借りに来てくれるんです。いつも妹さんと一緒なんですけどね」


「そうでしたか。KENさんも気付かれなかったですか?」


「たぶん気付いてないと思います。まあ、本来図書館が休みではない日だし、まさかクラウンフェスタに出てるなんて思わないでしょうしね。そういえばルイさんも生徒ではないお知り合いがいたみたいですね」


「はい。駅前広場で会った子は、同期の子で美和も知り合いなんですよ。クラウンになることは話してたんですけど、どんな姿かは教えてなくて、わかるかなあ……と思って様子を窺ってたんですけど、それが不自然でバレたみたいでした」


「姿じゃなくて動きでバレたんですね。でも知り合いがいると、つい目が向いてしまいますから、なんていうか、目で話しそうになるというか……だからNAOさん、よくバレませんでしたね」


「いやあ、ホントのところバレたらバレたでってつもりで近づいたんで、それがよかったかもしれません。逆に自然にできたんじゃないかと」


「ああ~っ、今日も緊張したぁ~~」


話していた3人の輪に入ってきたのはリングだ。今日、リングのグループは4時からの出番がここから一番遠い北の辻だったので、最後に戻ってくることになったのだ。


「私、生徒にバレちゃいました……クラスの子がいて、あっ……と思ってしまったんです。そしたら、えっ?って顔をされて、じっくり見つめられて、坂本先生?って」


「まあはじめての年ですからそういうこともありますよ。慣れてくれば顔にも出なくなりますよ」


「さっきKENさんが言ってた、目で話しそうになるって、こういうことですね」


「なにそれ、目で話すとかお兄ちゃん面白いこと言うね。でもそれ、確かにそうかも」


 知り合いに会って、つい知っていることが目で伝わる……か。今日、そんな目で自分を見ていた人はいなかったか。


 直人は今日1日、どこかに愛がいると思い、それらしい年頃の女性を随分とたくさん目に映してきた。が、誰の目からも話し声は聞こえてこなかった。愛さんは今日、どんな目をしてNAOを見ていたのだろう。


 愛さん。もしかしたら、愛さんの小指に触れられるかもしれないと、少しだけ期待していたけれど、どうやら叶わなかったらしい。できるだけ多くの人と手を合わせてきた。そのどこかに愛さんはいたのだろうか?


 愛さんの目は、何も言ってくれなかったか。


 2日目を終え、直人は周りの喧騒と共に込み上げてくる悲しさに覆われていた。愛さん、いたのだろうか。それともAIさんが愛さんなのだろうか……いや、違うのかもしれない。


 ここに集まるクラウンは、みな笑顔だ。楽しい。みんなの笑顔を見ているだけで、嬉しくて幸せな気持ちになる。だけど悲しい。嬉しいのに、楽しいのに悲しいのは、今が永遠じゃないと知っているからだろうか……いや、それだけじゃない。愛さんが……名乗ってくれなかったからだ。急がなくていい、ゆっくりでいいんだ。そう言ったのは自分のほうだったのに、もしかしたらという期待を持ってしまったから、余計に辛いのか。


 気付けばメイクを落としたクラウンが、それぞれ更衣室で着替え始め、早々に私服姿になったクラウンたちの人間の姿は、先程とはまるで別人となり、NAOの姿のままの自分が逆に場違いに思え、帰り支度を急いだ。


「NAOさーん、行きましょう」


 ルイの呼び声でそちらを向くと、支度を終えたNAOをAIやルイのいつものメンバーが待ってくれていた。今日はKENもいて、リングとモモも加えての6人で食事をして帰る。お酒はなしだ。クラウンフェスタの3日間は、誰が言ったわけでもないが、みな禁酒している。


 楽しい時間を過ごして帰宅した直人は、湧き立つドキドキした気持ちを抑えるように、まずシャワーを浴びた。クラウンでいた自分を真崎直人にするためだ。毎年クラウンフェスタの期間、クラウンでいる自分と真崎直人の自分が混在してしまいそうになる感覚に陥りそうで、それが怖くて家に帰りつくと、まずシャワーで全身のクラウンを洗い流すようにしていた。


「ふぅ~~~っ」


 大きく一呼吸し、立ち上げておいたパソコンでブログを開いた。


 すると、自分のブログに新着の知らせがついていた。それをクリックすると、そこにはついさっきまでの自分、NAOがいた。満面の笑みを湛えた顔で手に持った象をカメラに向けていた。


 なぜだろう。自分でも訳の分からない感情に襲われ、気付けば涙が流れていた。


 愛の目には、NAOはこんな笑顔で見えていたんだな。そう思うと、訳の分からない感情は愛への想いだと気付き、愛がそこにいてくれたことを知ることができ、NAOの笑顔を愛がその目にしたことを知り、何かを愛と共有できたような気がして胸が熱くなった。


 愛は来ていた。そしてちゃんとNAOを見てくれた。合図はしてくれなかったけれど、間違いなくそこにいて、同じ空間で同じ時間を共有していた。愛さん、愛さん……そこはどこ?そうだ、微かに写るその背景は、今日の4時からの最後の持ち場、メイン会場がある城跡公園だ。そこにいたんだ、愛さん……


 直人は懸命にその光景を思い出そうと、自分の脳内に入り込んで愛を探した。


 漠然とではあるが、そこにいたはずの愛を思い浮かべ、最後の出番のあと城跡公園では他の場所よりも多くの人たちと関わり、たくさんの人と手を合わせたそのどこかに愛がいたはずだと確信し、そしてようやく一つの結論に行き着いた。


 やはり愛は、AIではない。


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