第138話目 クラウンフェスタ6

 メイクの可愛いクラウンに花の絵を描いてもらったあと、愛美は先程NAOたちが入って行った脇道を超えた辺りでNAOがそこから出てくるのではないかと待った。すると、その脇道から城跡通りに出てきたのは、KENのいるグループだった。


 KENのグループがここから出てくるとしたら、NAOはまた違う方向から筈の木辻に向かったのかもしれない。時計の針は12時半を過ぎ、筈の木辻より手前にある若葉通りで芸をするKENのグループよりあとで出てくるとは考えづらい。そんなことを考えながらKENのグループの方向をぼんやりと見ていると、視線を感じた。KENだ。NAOのことを考えていたため、ぼんやりとしていて、それは逆に意識せずにKENたちのほうに顔を自然に向けている図になったのではにかと、愛美はそのままKENのグループを見送るような形でしばらくそこに留まった。


 KENのグループが若葉通りに向かうその後ろを離れて追う形になった愛美は、第一広場で実行委員の相も変わらずの投票などの説明をしている頃にそこに着くと、立ち見の輪に加わった。


 最初のクラウンは慣れたクラウンらしく、NAOと同じように観客を巻き込んで場を盛り上げ、次に出てきたクラウンは初心者マークを付けていた。そうだ、KENが一緒だと言っていたこの人がルイというクラウンだ。なんだか話を聞いているとKENといい感じになっているということで、しかもこのルイはNAOやリングこと、坂本美和とも親しいということで、NAOとの会話を弾ませてくれるであろうことは想像ができ、興味深く観察した。


 ルイの短いリボンのようなものを使った体操のようなダンスのような、そんな芸はその衣装とも相まって、とても可愛らしく見え観客の笑顔をさらっていた。その様子はルイという人の人柄をも表しているようで、多分KENが惹かれているだろうこともわかる気がした。


 次のクラウンも芸を終え、いよいよKENだ。広報活動も参加できず、前夜祭には参加したものの、前夜祭には一般の観客はおらず、昨日のフェスタも仕事で参加できていないKENにとっては、これが本当のクラウンデビューで、人の前で芸をやるのは初めてだ。昨夜の書き込みでも、その緊張が伝わってくるようで、愛美もKENこと坂本拓也を思い浮かべ、『頑張って!』と書いていたし、今、この場にきてKENを目にして、その緊張がさらに伝わってくる気がして、また『頑張れ!』と心で呟いた。いつの間にか自分の手にも力が入り、ぎゅっと握っていたことにそこで気付いた。


 ルイが作ってくれたという初心者マークをKENもつけていて、KENはクラウンが芸をして待つ間に腰からぶら下げていたけん玉を既に手に持ち、お道化た様子で前に出ると、一つお辞儀をした。その様子がクラウンの姿からも可愛らしく見え、観客の笑いを誘った。その時KENが一瞬初心者マークに手を当てたその仕草を愛美は見逃さなかった。意識してか無意識かはわからないが、その緊張の瞬間、KENの心はルイを頼ったのではないかと思い、それすらそこにいるKENが坂本拓也だと知る愛美には、より可愛らしいものに見えた。


 そんな緊張を振りまいていたKENだが、いざけん玉を始めたら、これが驚くほど上手い。けん玉なんて、一番簡単だと思われる皿の上に乗せることさえ滅多にできなかった愛美にとっては、KENのやるけん玉が素人目にも上手いことがわかるもので、絵も上手だし、これだけの芸をするけん玉を見ても、坂本拓也は何か一つのことをじっくりとやる人なんだなと、そんな今まで知らなかった人柄が見え好感が持てた。


 拍手喝さいを浴びたKENは、ようやく緊張から解き放たれたのか、ぎこちなかったクラウンメイクの下の素顔までちゃんと笑顔になり、次の出番のクラウンと交代をするためにクラウンの中に戻る時、ルイとしたハイタッチが2人の親密さを物語るように愛美には見えた。


 KENのグループが芸を終え、愛美は票を受け取る列に加わった。ここでは全ての票をKENに入れるつもりでいたが、あれだけの拍手を浴びたKENにはたくさんの票が入るだろう。もちろん可愛いクラウンのルイにも。愛美は受け取った票の中から、笑顔が素敵なクラウンという票を抜き取り、それをルイに入れ、残りを全てKENに入れた。


 KEN以外のクラウンの芸を見ている間も感じていたKENの視線は、愛美がここにいることに当に気付いている視線で、KENこと坂本拓也にとって、愛美は知っている子であるため、どこかで近づいてくるだろうかと思い、愛美にとっては知らないクラウンの振りをしなければならず、そして何より、愛美がAIだと気付かれないようにしないとならない。自然にクラウンフェスタを楽しんでいるだけに見えるだろうかと、全身の意識をKENに向けながら、早めにその場を離れようと、NAOたちがいる筈の木辻に向かおうと歩きだした。


 すると、愛美の前に一人のクラウンが現れた。ルイだ。愛美の前で、いかにも驚いた風に両手を胸の辺りで広げた。きょとんとした愛美に笑顔を向けたルイは、愛美のバルーンアートの花を指さした。そうか、これに目が留まったんだ。ルイは愛美の後ろにいたらしいクラウンに手招きをした。なんだか嫌な予感だ……と、現れたのはKENだった。そんな気がして愛美は慎重にKENの様子を窺った。


 ルイとKENは愛美の腕のバルーンアートを指さしながら、パントマイムで何やら伝え合いながら、まるで愛美にもその会話に加わるよう促すような、そんな仕草が見え隠れし、


「あっ、これ、さっきNAOさんっていうクラウンさんからいただいたんです」


そう言うと、2人で顔を見合わせて頷き合った。そんな仕草もなんだか微笑ましい。


「写真、一緒にとってもらってもいいですか?」


そう言うと、近くにいた実行委員を手招きし、2人が愛美を真ん中にしてポーズを取ろうとしたため、「あっ、KENさん真ん中に来てください」と声をかけてのスリーショットを撮った。これはNAOとの話題作りにもなるなと愛美は心の中でニンマリとした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る