第137話目 クラウンフェスタ5

 NAOのグループの全員が芸を終え、いよいよ投票だ。


 愛美は票を受け取る列に並ぶと、列に並ぶ人たちや投票を済ませた人、広場にいる人たちに向かいちょっかいを出しているクラウンたちに目をやった。そこにはNAOやAIがいて、直人が新人たちは初心者マークをつけようと話していたという言葉通り、AIの他にも初心者マークを付けたクラウンがいた。


 用紙を受け取り、その全部をNAOの箱に投票し、投票する他の人の邪魔にならないようにとその場から少しだけ移動してNAOを探すように目を上げると、誰かが肩を叩いた。えっ、と思いそちらに顔を向けようとしたところ、頬に何かが当たった。NAOの指先だ。


「えっ」


 振り返るとNAOは片手を上げ、声には出さないが、『やぁ』とでも言うようだ。


「あっ……こんにちは」


 NAOは更にその片手を愛美に向かって差し出し、もう片手で愛美の手を指さした。


 そうか、タッチをするんだと、自分の手を見ながらその時初めて気づいた風を装って、そのNAOの手の平に愛美は自分の手の平を合わせた。


 ……NAOさん……直人さん、触れたよ、今、あなたの小指に私の小指が……


 心の中でそう呟くと、目頭が熱くなる気がした。ダメだダメだ、今、こんなじゃダメだ。愛美は高鳴る鼓動を抑えるようにしてニコリと微笑んで、NAOに声をかけた。


「あの……前に病院で見かけたように思うのですが……」


その言葉に、NAOは三回頷いた。


「やっぱりそうですよね。クリニクラウンさん」


再びNAOが頷いた。


「んーっと……声、出さないんですね?」


またNAOが頷く。


「一緒に写真撮ってもらっていいですか?」


メイクだけじゃなく、あきらかな笑みだとわかるNAOが頷き、ピュと短く口笛を鳴らすと、それに気づいた近くにいた3人のクラウンと実行委員の1人もやってきて、実行委員が愛美からカメラを受け取ると、愛美を中心にして4人のクラウンがポーズを取った。ドキドキした。愛美の横にはNAOがいる。


 カメラを受け取ると、NAOが愛美の手の甲を指先で突いた。えっ?とNAOの顔に目を向けると、いつの間に作ていたのか、輪の形に花がついたバルーンアートを愛美に見せ、愛美の腕を指さした。


「えっ?いただけるんですか?」


NAOはまたニコリと頷くと、愛美の腕にその輪を通した。


「ありがとうございます」


愛美の満面の笑みをNAOは受け取り、また一つ頷くと愛美に背を向けた。そしてNAOはまたそこにいた小学生くらいの男の子にちょっかいを出し始めた。愛美は自分の左手首に通されたそのバルーンアートに目を留め、熱くなる目頭を抑える術もなく、静かにその場から一端離れた。


 脇道にそれ、愛美は先程NAOと合わせた自分の左手を握りしめ、胸の辺りでそれを右手に包み込み先程の一部始終を何度も思い返しながら記憶の中にしっかりと刻んだ。手首に巻かれたバルーンアートの花がいい匂いを放い、愛美の鼻孔をくすぐった。


 そうしてしばらく鼓動と心を落ち着かせ、再び広場の通りに出ると、NAOたちクラウンは、城跡通りの辺りにいて、相変わらず周辺の人たちに笑いを振りまいていた。


 その様子を目で追いながら、愛美は少し離れてNAOの行く先を探った。1時からNAOグループは筈の木辻と呼ばれる、城跡通りと筈木通りが交わる交差点で、この3日間の歩行者専用通りの中で一番広い交差点になるところだ。NAOのグループはそちらとは違う方向に進んでいるので、昼の休憩なのかもしれない。


 城跡通りをしばらく歩くと、ふっと脇道にクラウンたちが入って行った。今日の休憩場所かもしれない。街の中の至る所で活動をしているクラウンたちの休憩場所は1か所ではなく、その日によって動きやすい場所になっていると言っていた。ということは、この辺りにいれば12時半ごろにはNAOたちがここから出てくるのだろうか。


 愛美は次のKENのグループを見る予定でいたので、この1時間ほどの待ち時間を城跡通りでやっている何かしらのイベントをと考えていて、顔にクラウンメイクをするわけにはいかないが、先程、手の甲に絵を描いてもらっていたところを目にしていたので、それをしようと思い向かった。


 そこでは慣れた手つきで3人ほどのクラウンが椅子に座る人たちの希望の場所に何やら描いており、その一つの列に並んだ。可愛らしいメイクのクラウンの列で、ポイントメイクと書かれたところだ。そこに立てられた看板には、いくつもの種類のハートや星、蝶や花、音符と、天使の羽のような絵柄もあり、愛美は左手首にNAOの花を嵌めたまま、その花のある腕と手の甲に同じ花を描いてもらうことにした。バルーンの花を囲う形だ。2時半からの場所か、4時からの場所か、どちらかで、手にできた花畑をNAOに見せられたらいいなと思った。


 そこにいたクラウンは愛美の予想をはるかに上回る可愛らしい花を描いてくれて、そこから葉や蔓も描いてくれ、それがバルーンの花をより際立たせてくれて、周辺にいた人たちから、「自分もあんな風に……」と、そんな声が聞かれ、愛美はNAOがこれを目にした時どう思ってくれるかを想像し、妄想の波へと泳ぎ出た。


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