第136話目 クラウンフェスタ4

 今日も秋晴れだ。文化の日は統計上でも雨の確率が少ないと父が言っていた。だからいつか結婚する日が来たら、式はこの日に予定したほうがいいと、そんなことまで言っていた。


 愛美は昨夜の直人とのやり取りの後も、翌日のことを考えてのほんの少しの興奮からか、なかなか寝付けずにいたが、いざ寝入ってしまうと歩き疲れもあったためか深い眠りが訪れ、朝までぐっすり眠った。7時半にセットした目覚ましが鳴り、晴れていることがハッキリわかるカーテンの向こうの朝日を感じ、いよいよだ……と、胸が高鳴った。


 階下に行くと既に美菜の姿はなく、洗濯物を干し終えた母の美穂が「マナ、食べたら片付けてね。それと、私たちは8時半過ぎには出るから、ちゃんと鍵を確認してから行ってね」と言いながら、忙しそうに動いていた。


「デジカメ持って行っていいんでしょ?」


「いいよ。充電もしておいた。撮ったのあとで見せてね」


 昨日の買い物で、この3連休はクラウンフェスタをやっていることを知り、一緒だった友達と今日も見に行こうという話になったんだと両親には話していた。デジカメも昨夜借り受けており、その確認をした。本当は、今日も一人で行くのだが。


 愛美は昨日と同じ時間に家を出た。真っ青な秋の空は、空気が澄んで気持ちよく、ペダルを漕ぐ足も軽やかだ。今日はNAOだけでなく、KENの活動も見ておくつもりだ。それは直人ともKENともするブログでの話題作りのためでもあるのだ。


 今日はまずNAOを見に行く。都合のいいことに、11時からのNAOの活動場所は、昨日見た若葉通りの第一広場で、KENは1時から第一広場なのだ。第一広場の横は城跡通りがあり、そこは10時から歩行者専用道路になり、そこではその日にグループに入らない街中まちなかの担当のクラウンたちが多くいて、メイク体験やジャグリングやバルーンアートなどの体験ができる場所がいくつか設けられていて、さすがにメイクはしないけれど、何か体験してみるのもいいなと思った。1時までの時間潰しにもなる。


 昨日とほぼ同じ頃に若葉通りにつくと、そこにはまだNAOの姿はなく、昨日はあっちの方向からきたんだからと、そちらに向かうか第一広場でいい場所を取るか悩み第一広場を左手に見ながらNAOが来る方向に行こうとすると、既に第一広場は人が集まり始めており、これは先に広場に行かないと、NAOのバルーンアートを多くの人の向こうに見る羽目になると、広場に急ぎ足で向かった。


 第一広場では、早くから待つ人たちがシートを敷きはじめており、そのすでに二重に敷かれたシートの外側に立った。立つ位置を正面ではなくやや左側にしたのは、なんとなくだが人は正面から目を移動させるとき、まず右に移すことが多いような気がしたからだ。NAOが正面から視線を移した時、NAOが愛美の姿に気付いてくれるかもしれない。そう期待して。


 愛美が立ち始めて、すぐに立つ人の輪は出来始め、あっという間にその輪は二重三重になり始めた。先にここにきてよかった。輪に目をやりながら思っていると、城跡通りの方向から来るクラウンの集団が目に入った。NAOがいるかと目を凝らしたが、そこにNAOの姿はない。ついでにクラウンAIの姿もない。ああ、違うグループかと思って、そのグループが向かっている方向に目をやると、別のクラウン集団がこちらに向かって歩いてきた。NAOだ。NAOがいることはその衣装ですぐにわかった。昨日とは違う方向から来たNAOがいるグループに目をやり、昨日NAOが来たほうに向かわなくて本当によかったとホッと胸を撫で下ろした。


 輪の外側にいる人たちにちょっかいを出しながら楽しませているクラウンたちと対象に、実行委員が注意事項や投票についての説明をし、それが終える頃にはクラウンたちは実行委員の横に集まっていた。その間中、愛美は目の中にNAOの姿を捉えていたが、NAOの視線はこちらを向かない。


「それでは今日のトップバッターは、NAOのバルーンアートです」


 えっ、いきなりか。場所は知っていたけれど順番は知らなかった。愛美は目で追っていたNAOが、ツンと顎を上げ、慣れた手つきで手に持つ刷毛のようなもので自分の身体の埃を掃うような仕草で登場し、前列に座る子供を中心に同じように埃を掃う仕草を数人にして観客を笑わせながら、その場を一気に自分に引き付けた。


 すごいな。


 愛美はその様子も一つも取りこぼさないようにカメラに収めた。


 カメラごしにNAOは腰に付けたポシェットのようなものから細長い薄い紫色の風船を取り出すとそれを膨らませ、キュッキュという小さな音とともに器用に指先を動かした。何を作るのだろうとその指先を目で追うと、だんだんとその形が浮き上がり、あっ、長い鼻だ……と、それが象であることに気付いた。今までの話題で象を作ったことがあるという話は出ていない。ただ、新作を作ると言っていた。その新作はこれだったのだ。


 象が出来上がるとNAOはその顔を上げ、観客にそれが見えるように自分の顔の前に持ち上げ、左右に目をやった。そして愛美はその瞬間、カメラをおろしてNAOを見た。


 カメラケースの紐を手首にかけ、周りの人たち同様にそのNAOに向かい手を叩いていると、NAOの視線がまるで誰かを探すように輪の全体に目をやったその時、ほんの一瞬だが自分に視線が止まったことに気付いた。それは本当に一瞬の出来事で、NAOの正体を知らないでいたら気付くことない、ほんの一瞬の視線でもあった。愛美はそれが自分の知っている真崎先生だと全く気付いていない顔をしていた……つもりだ。


 NAOはその象を一番前列にいた幼稚園くらいの子供に渡すと、実行委員の方に目をやり何かの合図をした。


「何か作って欲しいものはありますか?あまり難しくないものならNAOさんが作ってくれますよ」


 その言葉に会場が湧き、どこに埃があるのかわからないが、相変わらず自分の身体の埃を掃っているNAOが笑顔を振りまいた。


「ネコ!」「犬!」「ライオン」……あちこちから聞こえてくる声に笑顔で頷きながら、NAOは風船を膨らませ、その器用な手つきで持ち時間いっぱいの間、犬やネコ、お花などを作り手を出す子供たちに配っていた。


 次のクラウンがヨーヨーを使い場を盛り上がらせている間も、愛美はカメラごしにNAOの姿を追った。いかにも芸をしているクラウンを撮っていますというように。昨日は実行委員である直人の姿ばかり目で追っていて気付かなかったが、クラウンは自分の順番を待つ間も、各々のコンセプトを大事にしているようで、NAOなどは待つ間も掃除をする場所を探すように、近くにあるものや横のクラウンに向かって、刷毛で掃っていた。


 時折、NAOのその視線は観客に移り、誰かを探すように遠くに視線を這わせていた。NAOは愛を探している。そう思った。その視線が、たまに愛美に移ることにも愛美は気付いていた。愛美がカメラを構えていることで、NAOは自分を見ているんだとは全く気づかないようで、その視線は先程とは比べられないほど長く愛美に留まっていた。 

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