第135話目 交流95


 結局その日は直人とは顔も言葉を交わすことなく帰宅した。


 1時からの市役所前広場で、愛美の姿に気付いたかもしれない直人の前に、また姿を出すのは躊躇ためらわれ、2時半からの活動も、4時からの活動も、見ないまま帰宅した。万が一にも直人が行く先々で愛美の姿に気付いたとしたら、不審に思われるかもしれない。そもそも初日はクラウンフェスタの下見くらいの気持ちで見に行ったのだ。それに、この日はNAOの姿になっていないのだし。


 クラウンフェスタの日までは、妄想の中でNAOになっていない直人と街中で偶然会い、「あっ、真崎先生!」そう声をかけたら、「おお、どうした?フェスタを見に来たのか?興味あるのか?」なんて声をかけてくれて、「はい、興味があって見に来たんです。みなさんすごいですよね」なんて言葉を交わしたりして……とか、全く愛美に気付かない直人とすれ違う時、その小指に触れてみようか。そしたら直人に腕を摑まれ……と、そんな具合に妄想を繰り広げていたけれど、そのどれもが実際には起こり得ないのだと愛美も知っていた。何故なら、愛美は直人に気付かない振りをするのだから。


 今日、直人が付き添うグループを2回見て、帰りがけに駅前広場で活動をしているグループを見て、だいたいの流れを把握できた。明日も一番最初の11時からのNAOのグループの活動を見に行くのだが、直人が今日、愛美に気付いていたとしたら、明日は絶対に気付かれないようにしなければならないだろうか?それとも、いかにもクラウンフェスタが好きだから見に来たんだというように、2日続けて堂々と見てみようか……


 愛美は明日の自分の動向に悩んでいたが、その答えは夜の直人の書き込みで解消された。


 『愛さん、ただいま。今夜は明日も活動があるので、終わってすぐに帰りました(笑)とっても楽しく充実した1日を過ごせたよ。NAOの姿にならない実行委員として付き添うって、ちょっとつまらないかもと思ってもいたんだけどね、とんでもなかったよ。楽しいかといわれると……ちょっと違うんだけど、なんていうか、違う視点でクラウンフェスタを見ることができたっていう感じなんだ。観客たちに楽しんでもらいたいっていう気持ちは同じなんだけど、裏方として見ていたから気付くこともあるんだって実感したんだ。あ、今あのクラウンは自分の正面にいる人たちにちょっかい出してるけど、後ろの方にいる子供たちがつまらなそうっていうか、こっちも見て!みたいに見えることがあって、ああ、あういうところもクラウンでいるときに気付かないといけないなとかね、声をかけた人に気付かないクラウンもいて、あっ……と思ってたら声をかけてた人が行っちゃって……と、まあ中心にいないから気付けることだなって思ったんだ。そうそう、それで気付いたんだけどね、ここでもよく話題に出ていた階段のTさんなんだけどね、クラウンフェスタに来ていたんだよ!ビックリした(笑)なんか小さな紙袋を持っていたから買い物にきたのかなと思うんだけどね、うわって思って、気付かれるかなぁとソワソワしてたけど、どうやら気付かれなかったみたい。今日がNAOじゃなくて残念だった。NAOの姿だったらちょっかい出せたのにね(笑)』


 わっ……気付かれてたか。


 気づかれていたのに声をかけてくれなかった直人……そう考えると、複雑だ。でも直人は以前、外で生徒に気付いても声をかけないし、自然とフェードアウトすると言っていたではないか。やはり外では声をかけてこないのだろう。でも……NAOの姿なら……


 『直人さん、おかえり。今日はいい1日だったんだね。直人さんの興奮ぶりが目に見えるようです(笑)違う立場で見ると、違った景色が見えるって、なるほどって思いました。そういう視点って、何をやるにも大事かもしれませんね。実行委員になって、本当によかったね。明日からのNAOさんの活動に生かせそう。それと、階段のTさん見に来ていたんだね。買い物のついでかな?それか、買い物のほうがついでなのかも(笑)病院でクリニクラウンの存在を知って、そういえば写真の展示会のときもクラウン姿のNAOさんを見かけてるかもしれないし、クラウンに興味があるのかもしれないね。直人さんが見かけていない場所でも、他のグループの活動も見てたかもしれないじゃん?もしかしたら明日も明後日も、どこかで見かけたりして(笑)そしたら本当にクラウンに興味があるのかも……直人さん、クラウンに誘ってみたら?(笑)』


 よし、これで伏線はバッチリだ。明日愛美を見かけることがあっても、クラウンに興味があるのかなと思ってくれるだろう。こんな書き込みをする愛が、まさかのまさか、愛美と同一人物だなどと一ミリだって思うはずない。


 それにしても、今日は思いがけず可愛いマスキングテープをたくさん見つけ、予定よりも多めに買ったおかげで、小さな紙袋に入れてもらえたのはよかった。あれで買い物に来ていたという印象を直人に植え付けられたのだ。


 『えぇ?クラウンに誘う?いやいや無理だよ、生徒をクラウンに誘うなんて。だいたいTさんは高校生なんだからクラウンにはなれないって!でもそうだな、ずっと興味があるなら、いつか募集の案内とか目にしたら申し込んでくるかもしれないな。まあ、それならそれで温かく仲間に迎え入れるさ(笑)もし、もし明日もTさんを見かけるようなことがあったら、ちょっとちょっかい出してみようかな。気付かれちゃうかな?愛さん、どう思う?クラウンメイクだからさ、まず気付かれないよね?』


 気付きますよ、知ってるんだから。気付きますよ……NAOに会いに行くんだから。


 でも、気付かない振りをしますよ。もし近寄ってきたら、全く気付かない振りで……そうだな、一緒に写真に写れたらいいな。明日は美菜の吹奏楽部の発表で、両親は大きなカメラを持って行くというので、愛美は小さなデジカメを持って行くつもりだ。クラウンを写真に撮る目的で、NAOにも近づけたらいいなと思う。今日、そんなふうにクラウンたちと写真を撮っている人たちがたくさんいた。


 明日は、堂々とクラウンフェスタを見よう。私に気付いたら、NAOのほうから近づいてきてくれるはずだ。その小指に触れることはできないけれど、楽しんでいるNAOに、ほんの少し嬉しい気持ちをあげることができたら、それだけでいいのだから。

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