第133話目 クラウンフェスタ2

 愛美は直人が出掛けてからすぐに身支度を始めた。フェスタ会場までは、駅まで自転車で20分、電車で15分、そして直人のつくグループの一番最初の発表は11時からで、若葉通りの中間ポイントにある第2広場だ。駅から歩いて10分ほどか。愛美は一時間ほど前に家を出れば余裕で間に合うと思ったが、早めに家を出ることにした。いきなり広場でそれを観るのではなく、まずは少し離れた場所から直人に愛美の存在を気付かれないようにしようと思い、その下調べも兼ねて早めに広場にいようと思ったのだ。それに、若葉通りは細長い公園を挟んで両側にいくつも店が並んでおり、雑貨屋もいくつかある。時間によっては雑貨屋を一つくらいは先に見ることができるかもしれない。


 駅からは地下道を進み、若葉通りに一番近い階段を上がると、街の中は既にクラウンフェスタを感じさせるような雰囲気に溢れていた。メイン会場周辺は歩行者専用になっている通りも多く、道路上いたるところでクラウンたちが道行く人たちを楽しませていた。それも直人が言っていたとおりで、日によってはグループに属さないクラウンたちが、街中で個々に活動をしていた。


 そんな姿を目で追いながら若葉通りに歩を進めていた。


 もうすぐ若葉通りだというところで、正面の方角からひとまとまりに見えるクラウンのグループがやってきた。それを目にして、愛美の鼓動は大きく跳ね上がった。クラウンAIがいる。


 直人が見せてくれた何枚かの写真には、クラウンAIがいて、愛美は意識してAIを目に映さないようにしていたが、だからこそAIのクラウン姿は目に焼き付いており、クラウンの集団でまずAIに気が付いたのだ。そう、そこには直人がいるはずなのに、まず先に目に入ったのはクラウンAIだった。


 と、瞬間、マズイ!と思った。直人に気付かれなかっただろうか?


 そんな不安に、愛美は大勢のクラウンが珍しくて見ているだけですよという風を装って、直人の姿を探した。


 すると、直人はその集団の少し後から、いかにも周りに目を配っていますよというような仕草で、視線を動かしながらこちらに向かっていた。よかった。気づかれていないようだ。愛美は直人たちが若葉通りに曲がるところまでは、そちらに目を向けないようにしようと、背を向ける形でもと来た道をゆっくりと歩きだした。


 時間にしてみると、ほんの数秒ほどのその時間、愛美は自分の背に目があるかのようにしてその動きを感じようと意識を集中させ、もういいだろうと振り向いた。そこに先程の集団の姿はなく、人の流れが若葉通りに向いているように見えた。


 愛美は急いでそちらの方向に向かい、直人たちのグループを視線に捉え、直人の姿を視線に捉え、その姿から目を離すことなく、直人の視線から逃れられるような場所を探した。が、その必要がないくらい広場には人が集まり始め、あっという間に人に囲まれてしまった。


 実行委員と思われる直人たち数人が、先に記されてあった地面の印を指さし、前の方にいる人たちに声をかけていた。毎年のイベントで、勝手知ったる観客たちは、既にレジャーシートなどを敷き、座っている人たちも多く見られた。


 愛美はその広場を囲む円の一番外側に立った。ちょうど直人がいる位置からは直人が首を左側に向けないと見えない位置だ。まあ、目をこちらに向けたとしても、人の影に隠れてしまうだろうが。


 緑色のジャンパーを着た実行委員の一人が、今から登場するクラウンたちが見せる芸のあとの投票を頼み、用紙のある場所と、それを投入するクラウンの数だけある箱を指さし説明すると、演目を紹介するかのようにクラウン名と芸を読み上げ、いよいよクラウンフェスタの始まりだ。


 ベテランと思われるクラウンのあとに続き、2人のクラウンが芸をやったあとに、AIが呼ばれた。


 あきらかに緊張をしているのが見てとれるAIに向かい、直人が何やら言葉をかけると、AIは笑顔に作られたそのクラウンメイクに自分の笑顔を乗せたのがわかった。その瞬間、愛美は昨夜感じた違う場所にいる2人を、本当の意味で目の当たりにした気がした。


 AIが芸をしている間中、愛美は直人を見ていた。


 直人の視線はAIから離れることなく、笑顔でAIをその目の中に捉え続けていた。


 11時からのグループの活動を終え、多くの観客たちは投票用紙をそれぞれのクラウンの箱に投入していた。投票用紙は、それぞれ ”笑顔” ”キャラクター” ”メイク” ”衣装” 芸”など書かれており、それをクラウン名の書かれた箱に入れる形になっていた。愛美も投票をしようかと思ったが、実行委員である直人はその近くにいて近づけない。


 いっそ、何も気づかぬ振りをしてフェスタを見に来ましたという体で、直人の視界に入り、直人に気付かないまま投票してみようかと思ったが、直人の姿を見ていると、やはり躊躇する気持ちがある。直人は愛美のことなどただの生徒だとしか思わないことはわかっているのに。


 投票できないまま、人が散開を始めたのを見計らって愛美も目当ての雑貨屋の方向に向かった。相変わらず背には直人の存在を意識したままで、雑貨屋につくと、自分が先程までいた辺りに目を向けた。そこでは、相変わらずクラウンたちが観客に身振り手振りで楽しませている様子が見られ、クラウンの姿でいるときは、決して言葉を話さないと言っていた直人の言葉を愛美は思い出していた。


 しばらくすると、直人たちグループはこちらに背を向け、愛美のいる場所から離れて行くように行ってしまった。次の1時からの活動まで休憩だろうか……あとを付いて行きたい気持ちを振り切り、美菜に頼まれた買い物を先に済ませ、直人から聞いていた1時からの市役所前広場にまた先回りすることにした。

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