第132話目 クラウンフェスタ1

 1週間前から毎日天気予報をチェックし、晴れるとわかっていたけれど、目覚めて真っ先にカーテンを開けた愛美は、窓を開けて晴れ渡った空を見上げて、思い切り空気を吸い込んだ。


 昨夜は結局、直人からの書き込みはなく、前夜祭はよほど楽しく遅くまで盛り上がったのだろうと想像できたが、やはり少しだけ寂しい。


 愛美は、もしかしたらとパソコンを立ち上げブログを開いたが、書き込みはない。


 こんなとき、やはり取り残された感に襲われる。


 直人は何と言っていただろう?そうだ、当日は9時頃には家を出ると言っていた。まだ7時を過ぎたばかりだ。出かけるまでのどこかで、きっと何かしら書き込みをしてくれるだろう。そう期待し、パソコンをつけたまま階下に降りた。


「お姉ちゃん、あれ忘れないでよ。私はもう行くから」


 美菜は明日の市民文化祭で、中学の吹奏楽部の発表があり、連休初日の今日も部活だ。私はといえば、珍しく友達と買い物に行く。雑貨屋にも顔を出すと話していて、美菜からマスキングテープをいくつか頼まれた。本当は、一人でクラウンフェスタに行く。友人でも誘おうかと思わないでもなかったが、目的が直人なのだから、自分1人での行動の方が、行きたい場所へ好き勝手に行けるほうがいい。


「はいはい、ピンク系とブルー系、黄色に綺麗な緑に……」


「透明になるやつ!佑梨ちゃんがもってる透明に茶色系のネコとか、貼るとネコが動いてるように見えるような感じがいい」


「はいはい、動くネコね。他は模様は任せてくれるんだったね。まあ、適当に可愛いの選んでくるから」


 買い物を頼まれたとき、その佑梨ちゃんとやらがくれた何やら書かれたメモ用紙にデコってあったネコの絵柄のマスキングテープを見せられたのだった。まあ、見せられたのはテープの部分だけで、何が書かれていたのかは知らないのだが。


 美菜の周りでは、そうしたメモに可愛らしいマスキングテープでデコレーションしてあったり、メモ自体をひと回り大きなメモ用紙にマスキングテープでデコるのが流行っているらしい。まあ、言われてみれば愛美の学校でもそんなことをしている子たちがいた。


 朝食を終えてから、だいぶ茎が伸びてきたアボカドの水を替えた。


 直人の彼女とのアボカドにまつわる話を知ってから、これはどうしたものか、もう話題にもできないし、茎だけが伸びていくだけのアボカドは、調べた感じでは、土に植えないほうがよさそうでそのまま水耕にしているが、茎が伸びているのだから捨てるのは忍びない。


 いつもはそんなことを考えずに水を替えているが、今日はクラウンフェスタで直人に会う……いや、直人の姿を探すのだと思うと、直人にまつわるアボカドを目にしただけでも、あれこれと考えてしまう。


 胸が高鳴るといえば、あれから直人からの書き込みはあっただろうか?そのことも頭の隅にあり、早くそれを確認したい気持ちと、書き込みがされていないかもしれない現実を考え、その時間を迎えることに少しばかり戸惑っていた。


 鼓動の高まりを既に感じつつパソコンの前に座ると、ブログを開いた。すると新着の書き込みが2つある表示が現れた。直人だ。


 『愛さん、おはよう。いよいよクラウンフェスタの開幕です。ワクワクしているよ(笑)昨夜は書き込みができなくてごめんね。今朝、こうして早めに書き込みをしようと思って、昨夜は帰ってすぐに寝ました。今日も寝坊するわけにいかないしね(笑)まあ、自分は今日は裏方なんだけどね、だからこそ頭はクリアにしておかないとね(笑)愛さんは明日来てくれるんだね。今日の様子はまた帰ってきてから書き込めると思うよ。明日のためにも今夜は早く帰ってこなくちゃ(笑)』


 昨日の前夜祭のこと、なんにも書いてくれないんだな。


 愛美はその話も聞きたいと思ったが、今はそれを書くのはよそうと思った。このフェスタの間中は、ただただ直人には楽しく過ごして欲しい。答えにくいことは聞かないし、愛の存在を気がかりなものにしないほうがいい。


 もう一つの書き込みは、書かれてすぐのものだった。正確には、書かれてというのではなく、写真が投稿されていた。それは昨夜の前夜祭のもので、何人かのクラウンがポーズを取っているもので、NAOの横には、やはりAIがいた。


「楽しそう」


 愛美は満面の笑みを浮かべるNAOの顔を目に焼き付け、そのすぐ横にいるAIの姿を意識して瞳に写さずコメントを書き始めた。


 『直人さん、おはよう。今日はいよいよクラウンフェスタだね。楽しみだね。写真は昨日の前夜祭でしょ?NAOさん、すごい楽しそう。クラウンさんたち、みんないい顔しているね。ワクワク感が伝わってくるようです。明日、見に行くのを楽しみにしています。今日の話も、また聞かせてくださいね』


 その書き込みを待っていたかのように、直人からの返信がすぐに入った。


 『うん、すっごく楽しみだよ。今日は新しいクラウンさんたちのお披露目、自分が着くグループにも新人がいるから、緊張をほぐしていこうと思うよ(笑)そんなわけで、今日は裏方なので早めに出ます。行ってきます!』


 こんなふうに反応をすぐしてくれると、待っててくれたんだなと胸が高鳴る。


 新しいクラウンのお披露目……か。自分の付くグループの新人って、一人はAIさんだね。緊張をほぐしてもらえるAIさん。それを羨ましいとか悔しいとか、そんな気持ちは湧いてこない。そう、そこに愛の現実はない。愛美の現実もない。私はただの観客だ。


 胸に広がるこの想いは、ただ、テレビの向こうに写る人に対しての気持ちと、とてもよく似ていた。


 ただ、ほんの一瞬、胸にさざ波が立った。



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