第131話目 交流94

 結局、直人からは3日間クラウンAIと一緒に行動する話はされなかった。


 2日と4日の行動は?と聞いた翌日の書き込みには、3日間のおおよその行動が時系列で書かれており、どこに行けば直人に……NAOに会えるのかがわかるものだった。


 『4日のメンバーでは誰の芸が見ものなんですか?誰が何をやるのかなぁ』


 遠回しにそんなことも聞いてはみたものの、最後までAIも一緒だとは書いてくれなかった。KENから聞いた、AIが初心者マークをつける話も聞かされなかった。あえてAIに繋がる話題を避けているのかなと寂しく思ったが、それが愛への心遣いのつもりかもしれない。


 『AIさん、ただいま。今夜も遅くなったけど、サッカー部の就職の子たちの願書も出したし選考も始まった子もいて、少しだけ肩の力が抜けそうだよ。というか、思う存分クラウンフェスタを楽しめそうだよ(笑)明日はね、仕事が終わったら前夜祭に向かうから、愛さんに会いに来るのもだいぶ遅くなると思うんだ。だから待たないでね。……というか、ここで待たないでクラウンフェスタに来て欲しいんだ……な~んて(笑)』


 いよいよ10月も終わる。明日はクラウンフェスタの前夜祭か。


 前夜祭との言葉通り、19時からなので、KENも仕事終わりで前夜祭に参加するということは、すでにKENから聞かされていた。もちろんAIもリングもルイも……多くのクラウンが夜のうちから盛り上がるのだという。そうしてクラウンのみんなで盛り上がっていることを想像すると、やはり疎外感を感じてしまう。当たり前だけど、そこに愛美が入れることはない。


 『いよいよクラウンフェスタなんだね。前夜祭はたくさんのクラウンさんが来るんでしょ?KENさん、AIさん、ルイさん……リングさんに、モモさんだっけ?ジョーカーさんやトランプ君も?(笑)前夜祭ではみなさん衣装を着けて芸もして見せるんだったね。NAOさんは、私にまだ教えてもらえない新作も作るの?前夜祭、盛り上がるんでしょうね。楽しみでしょ?話を聞きたいけど、きっと明日は遅くなるでしょうから、クラウンフェスタが終わってから、全部の日の話をたっぷり聞かせてね(笑)』


 『ねぇ、愛さん……何日に来てくれるのか、それだけでも教えてくれない?来てくれる日がわかっていたら、NAOはいつも以上にお客さんに積極的に近寄って行って絡んじゃおうかと思うんだけれど(笑)……ダメ?』


「くすっ」思わず笑みがこぼれた。直人、可愛いな。


 10歳も離れている、大人の、自分の通う高校の先生でもある直人に対して可愛いなんて変な話だけれど、でも、こんな直人の言葉を目にすると、なんだか男の人って、可愛いところがあるのかなと思ってしまう。でも、普段は生徒に対しては決してそんな姿は見せないのだろう。直人の愛への信頼が心苦しく感じることがある。こんな素の直人を見せてもらえるほど、直人は愛を信頼している……


 『あのね、やっぱり3日に行こうかなと思っています。一応ね、KENさんも3日ならクラウンになるって聞いているし、話のネタにどこかでKENさんのけん玉も見ておこうかなと思っています。まあ、基本的にはNAOさんを追っかけますけど(笑)なので、NAOさんのところではNAOさんにひと部門は投票して、KENさんのところでも、ひと部門はKENさんに投票しようと思っていますよ。どの部門かは見てから決めますので、お楽しみに……って、誰がどの部門に投票したかなんて、誰にもわからないんでしたね(笑)』


 愛として、絶対に会うことができないのだから、できるだけ直人の希望を叶えたい。そんな気持ちが日々大きくなる。絶対に言うわけにはいかないこと以外は、聞かれたら答えたい。そのくらいしか直人の気持ちに報えないんだと、愛美にはわかっていた。


 直人がクラウンの研修の話をする頃から、どんなに想いを深くしても、直人の現実に自分がいないことを現実の場の話から思い知らされ、その想いの強さと比例するように、直人の存在がどんどん遠のいて感じられ、本当はもうわかっていた。どんなに直人を想っても、どんなにクラウンのAIに嫉妬しても、それは形を成すことはない想いだ。


 そう、そこにあるのは諦めだ。


 直人を決して傷つけることのないように、直人の愛への想いに少しでも報いるために愛美は何ができるのか、愛として愛美ができること……それを考えるようになっていた。


 『3日だね。よし、じゃあどの人が愛さんなのか、しっかり見極められるようにというか、周りにいる全部の人が笑顔になって楽しんでもらえるように、NAOは頑張るからね。もし、もしNAOが愛さんの近くにきたら、もしNAOが手を差し出したら、握手をしてください。手をあげていたら、ハイタッチをしてください。それで……もし、愛さんが嫌じゃなかったら、握手でもなく、ハイタッチでもなく、NAOが差し出した手の小指に、愛さんの小指を触れてください。……な~んて』


 な~んて……って、きっとそれが直人の一番の願いなのだろう。


 その願いが絶対に叶えられないことを愛美は知っていた。小指に触れることができないのだから、その手の全部に触れよう。差し出された手に握手をしよう。あげられた手にはハイタッチをしよう。それが愛美ができる精一杯のことなのだから。


 直人はそこで目にする生徒の寺井愛美を見てどうするだろう?自分が先生だと知らないはずの愛美に、どう接してくるのだろう?親し気に近寄るのだろうか?それとも、知っている子だからこそ敢えて近づかないのかもしれない。


 直人……NAO、どうか、私を無視しませんように。

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