第128話目 交流92

 KENの書き込みを見た愛美は、直人が3日間もクラウンAIと一緒だということを教えてくれていなかったことを知り、やっぱりそうことになっていたんだと、予想が当たったことをほらねと思う気持ちと、本当の直人が、愛から、……愛美から離れて行くような気がして、どうしたら引き留めておけるのだろうと必死で考えた。けれど答えは見つからない。ここにいるのは愛美ではなく愛で、直人は愛が愛美だと知らないのだから、どうにもしようがない。


 愛美は自分がブログにがんじがらめにされていることに気付き、ここから出ることもできず直人の前で愛ではなく愛美になることもできず、最初からわかっていたことだけれど、どんなに直人に恋しても、それは決して実る想いではないのだ。


 進むことも戻ることもできない。


 では、ただの寺井愛美として真崎直人に自分の想いを伝えようか?


 いや、絶対に無理だ。直人は言っていた。寺井愛美はただの生徒だと。名前も知らなくても構わないくらい、ただの生徒なのだと。


 たまらなく悲しくなった。


 『KENさん、こんばんは。3日はルイさんと同じグループで回れるんですね。よかったですね(笑)NAOさんが気を利かせてくれたかもって、案外本当にそうなのかもしれないですね。KENさんとルイさんが仲がいいって思ってるのかも。クラウンフェスタが楽しみですね。NAOさんはAIさんと3日間一緒なんですね。なんか、いい感じになっているのかな?聞いてみちゃおうかな……って、KENさんとここで話していることMASATOさんは知らないから、3日間一緒なこと知ってるなんて言えないし、聞けるわけなかった(笑)』


 『AIさん、クラウンフェスタに来てくれますか?可能な距離ですか?』


 坂本さん……そうか、私が、ブログのAIが近くに住んでいる人だって、坂本さんは知らないんだった。行くつもりだと答えていいのだろうか?坂本さんは寺井愛美である私を知っているのだから、クラウンフェスタで私を見ても、ただ図書館によくくる子が来たなと思うだけだろう。いや、美菜の言葉を借りると、坂本さんはお姉ちゃんに気があるというのだから、少しはドギマギしてくれるだろうか。では、AIとしても、ここで見に行くと答えても坂本さんにはどの人がAIなのか、わからないのだから、行くと答えてしまってもいいかもしれない。


 愛美はどう答えようかとしばらく考えたが、もしKENがNAOであるMASATOと交流を持つようになれば、ブログのAIがクラウンフェスタに行ったこともいつか耳に入るかもしれない。そう思うと、下手な誤魔化しはしない方がいいような気がした。


 KENが坂本拓也だと知っているからこそ、愛美は余計に気を配るような答えが必要な気がした。ブログのAIが寺井愛美だとバレないようにしなければいけない。下手な誤魔化しは墓穴を掘るような気がした。


 嘘をつくのは簡単だ。大変なのはついた噓を覚えておくことだ。そうしなければいつか話の辻褄が合わなくなる。だから、嘘は出来るだけつかずいることが重要だ。


 『そうですね、3連休ですし、面白そうなので見に行こうかなと思っています。いろんなクラウンさんと会えるのも楽しそうですし、KENさんやNAOさん、ルイさんなんかも見ることができるといいなと思っています。もちろん、見るだけで声はかけませんけどね(笑)KENさんもNAOさんもクラウンになる3日にでも行こうかなと。まあ、その辺はまだ決めてはいませんけどね』


 いや、本当は決めている。連休になるそこの3日間は毎日クラウンフェスタに行くつもりだ。直人がクラウンにならない2日には、……偶然を装って、「真崎先生?」なんて声をかけたりして。


 と、頭の中であれこれ想像しても、実際には隠れて目で追うくらいしかできないだろうけど。


 それでも、直人がNAOになっているとき、どこかでその小指に触れることができたら……NAOが愛に気付いてくれて、それで愛をハグしてくれたり?なんて、そんなあり得ない想像をしてみたりする。


 でも、本当に小指に触れることはできない。だって、そこにいるのは真崎直人であるNAOで、NAOには、……直人には、私は生徒の寺井愛美にしか見えないのだから。


 それでも、直人が言っていたように、クラウンはゲストたちとハイタッチしたり握手したりと、そんなふうにして近寄って笑顔を振りまくというのだから、クラウンになっているNAOが真崎直人だと知らないはずの愛美は、それこそ偶然を装って近づいて、握手なりハイタッチなりできるかもしれない。むしろNAOにとっては、自分が知る生徒がそこにいて、自分が真崎先生ではないNAOとして、生徒を楽しませようと近寄ることだって考えられる。


 3日間の、いやクラウンでいる2日間のどこかで、NAOに触れたい……直人に触れたい。


 今夜も直人はまだ来ない。


 進路のことや実行委員の仕事でしばらく忙しいと言ってたのだから仕方ない。


 『AIさん、クラウンフェスタに来てくれるんですね!うわ~っ、楽しみだな~。あ、声はかけてくれないんですか。それは残念(笑)でもそうですよね、匿名でやっているブログですもんね、誰かわからないとこがよくてブログをやっている人は多いですしね。でも、もし、もし気が変わったら、AIですよって、声をかけてくださいよ。精一杯のサービスをしますから(笑)』


 サービスか。


 それこそ、クラウンKENは寺井愛美である私を街で見かけたら、知ってる子として近づいてきて楽しませてくれることもあるのかもしれない。まさか私がKENが坂本拓也だと知っているなどとは夢にも思わないだろう。そう考えると、私もただ一人のクラウンが近づいてきただけを装っていないといけない。ブログのAIだったらKENに笑顔で近寄るのだろうが、寺井愛美だったらどうだろう?なんだこの人たち、なぜ私に近寄ってくるんだ?と、訝しく思うのが普通なのではないか。


『私』はどんな表情を作ればいい?


 ここはやはり、偶然見に来ていた愛美として接しよう。それが普通だ。気をつけよう。知らない人たちが自分に近寄ってくる。そんな表情を作らなければ。


 直人さん。……遅いな。

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