第125話目 交流90 MASATO

 愛さん、寝ちゃったんだな。


 直人は、会合があることやそのまま飲みに出たことも、その合間に愛のところに書き込みをすればいいのだろうが、そうすると余計に待たせてしまう気がして、いっそその間は待たずにいてくれて、ブログのチェックをした時に、自分の書き込みがなければ今夜のように、『おやすみなさい』を入れてくれるだけでいい。話ができないのは残念だけれど、クラウンフェスタが近づくにつれ、気持ちの面でも、どうしてもそちらに意識が向いてしまう。そんな時も、心の中にはいつも愛がいる。愛なら自分を理解し納得してくれるはずだ。直人にはすでにその自信もあったのだった。それに……AIも今の自分の忙しさがわかっているはずなのだ。


 直人は、まだ愛がクラウンAIなのかという確信がなく、けれども同一人物ではないかという気持ちも心のどこかにあり、いや、そうだといいなと思う気持ちが日々強くなっているようにも思えていた。2人で会うときにちゃんと聞けばいいのだが、その話題にAIが全く触れないことが、やはり違うのではないかと思わされ、もし違った場合、AIにどう思われるのか、もしかしたらAIに対してかなり失礼な話になるのではないかと思うと、『聞く』ということに対して、遅きに失したのではないかという気持ちがある。


 今夜は予定より遅くなったな。明日も仕事があるから、もう寝ないといけないと思い、シャワーを浴びてベットに入ったものの、なかなか眠りにつけない。やはり愛と言葉を交わしたかった。その気持ちが拭いきれず、いないとわかっていたが、愛のブログを開き、すでに『おやすみなさい』の入れられたゲストページではなく、新たなゲストページを入れた。


 『愛さん。一度おやすみなさいを入れたんだけど、なんだか目が冴えちゃってね……愛さんは今、ここにいないことがわかっているので、独り言を書きます。終わった話、書こうかと思います。何で終わった話?って言われそうだけどね、愛さんのアボカドの成長している記事を読むとね、どうしても思い出しちゃうことがあってね……愛さんとここで出会った頃、実は別れを経験していたんです。アボカドの記事も、その時の彼女とのエピソードの一つだったんだ。アボカドの話が出るたびに、その彼女を思い出していたんだけど、その嫌な感情も、今は愛さんとの出会えた嬉しい感情に上書きされています(笑)でもね、やっぱりアボカドは嫌な思い出にも繋がるもので、心の中にほんの小さな翳りがまだ残るみたいなんだ。それでも、それがあったから愛さんと出会えたことは間違いないと思っている。いつかこの翳りすら嬉しい翳りになると確信してもいます(笑)愛さん、愛さん、……愛さん、たくさん愛さんを呼んだおかげで、眠れそうな気がするよ。また明日、いや、もう今日か(笑)今夜、またきます。おやすみなさい、愛さん』


 言葉を入れて安心したのか、直人は目を閉じるとすぐに眠りの深みに入り込んで行った。その瞬間、愛を想い浮かんだその顔は、なぜか塔子であり、AIであった。



 翌朝、目覚めた直人は直前に見た夢に塔子がいたことで、今日の自分の深層心理とはなどと、そんなことを考えながら身支度を始めた。


 今日は市で作っている教員会の集まりがある。つまり塔子と別れる原因となった今年の会長である鈴木哲朗と顔を合わせる日だ。昨日の放課後、今日の集まりのことで鈴木哲朗と電話で話したことも、塔子が夢に出現した理由だろうと思えた。もう吹っ切ったつもりではいても、やはり気は重い。


 放課後になり、重い気を抱えたまま教育会が行われる学習センターに着き、車を下りようとしたところに、見覚えのある車が駐車場に入ってくるのが見えた。塔子だ。


 なぜ塔子が……今年の塔子の学校の教育会の担当は別人のはずだ。そう訝しく思っていたところに、センターの入り口から鈴木哲朗が出てきた。塔子の車に向かっているのは目で追わずともわかった。


 塔子の車に着くと、全くの不自然さを感じさせない行動で後ろのドアを開け、何やら荷物を取り出すと、ひと言ふた言の言葉を交わしたあと、塔子は直人に全く気付くことなく走り去って行った。


 なんだこの感覚は……言葉で言い表すことができないほどの、これは焦燥感なのか悲壮感なのか、それとも悔しいのか憎いのか、それら全てに一気に襲われたように、何かが身体を駆け上がり、それを鎮めるのにしばらくの時間が必要だった。


 だが、そんな感情はそのあとに聞いた話の衝撃にかき消されるほど小さなものであった。



     泣き笑いのピエロ(F)


   第六感……そんな言葉が存在する意味を考えてみた。


   それはもしかしたら昨日から始まっていたのかもしれない。


   昨夜、遅く帰ったから早く寝ないとと思ったが、なかなか眠れず、


   そんなとき心に想うのは、…… …… 


   どうしても話がしたくて連絡するも、当然寝ている時間だ。


   それでも、その人の名を呼び続けることで心が落ち着き、


   いい眠りにつけた……はずだった。


   夢の中で、どうにも収められない沸き立つ感情の答えは、


   悲しい知らせだった。


   いや、悲しいのは誰だ?自分か?それともピエロか。


   ピエロって、誰だ?


   わたしはクラウン、クラウンNAOだ。


   みんなに笑いを届け、周りを笑顔でいっぱいにするんだ。


   笑顔でいっぱいに……


   笑顔をいっぱいNAOの顔に湛え、そしてみんなも笑顔に……


   では、泣くのは誰だ?


   なぜ泣く。


   なぜ泣くんだ。


   笑え、NAO……笑えクラウンNAO


   今日は、泣く。わたしは泣く。


   明日は笑顔になろう。


   明日はクラウンNAOの顔になろう。


   そうすれば、きっと言えるはずさ。


        ……おめでとう。幸せにおなりよ。

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