第124話目 クラウンAI

 合宿の数日後の飲み会に誘われ、そこに参加したことからNAOから誘われるようになり、竹花愛子は合宿の時から感じていた真崎直人の視線を、自分に好意的なものだという確信が持て、交流を重ねる中で、どんどん真崎直人に惹かれていく自分を感じていた。


 クラウンに参加する理由に、休日にすることがなくダラダラ家で過ごしてばかりでとみんなには言ったが、本当は2年にも及ぶ遠距離恋愛が災いしたのか、4年間付き合った人と別れたことが後押ししてのことだった。しばらく恋愛はいいかなと思う気持ちと、年齢を考えたら出会いを求めて動くようにしたほうがいいかなという気持ちも、その後ろにはあったのだ。


 そんなわけで、ここで出会った真崎直人は人柄もよく、見てくれもいいし、何なら遠距離になる心配もなく、なにより自分に好意的なところが愛子の心を解していったのだ。


 数回2人で出かけ、そろそろ交際を申し込まれるかと期待したものの、真崎直人からはなんのアクションもなく、考えてみればクラウンフェスタまでは実行委員としての立場上、恋愛関係になることも今は控えているのかと、そんなことを考えていた時、ケンがブログをやっているようだと耳にした。


 ケンこと坂本拓也。


 竹花愛子は、当初の印象としては坂本拓也のほうがいいものだった。どう言葉にしたら正確なのかはわからないが、ただ、なんというか、その雰囲気がいいなと思ったのだ。しいて言うならばその空気感とでもいうのか、落ち着いた静かで柔らかい雰囲気に温かみを感じたのだった。そんな気持ちも真崎直人の視線を感じ意識するようになってからは、愛子の意識もそちらを意識するようになっていた。


 そんなこともあり、ケンがブログをやっていると聞き、覗いてみようという気になったのだ。


 検索は簡単だった。『クラウン・ケン・けん玉』そんな検索で一発でケンのブログを見つけた。


 ケンのブログでは、愛子も知る研修の時の話や、メイクや衣装のことが記事に書かれていて、なるほどなぁと思いつつ読ませてもらった。そして、その履歴を見て一人のブロガーのAIというハンドルネームに目が行った。


「えっ?AIって、私のクラウン名と同じ?」


 何とも言えないザワザワを感じた愛子は、ケンのブログにあるAIのコメントに目を通した。日を追うごとに親近感ともとれるAIのコメントとケンの返事に、自分ではない自分のような気がして、ザワザワ感は不快感へと変わりつつあった。


 気になる感情を抑えられずに、ケンのゲストページを開いた。すると、所々に明らかに内緒で入れられたと思える部分を見つけた。愛子もまた一時ブログをやったことがあったため、その仕組みは知っていたのだ。


 不快感に背を押され、AIのブログへと飛んでみた。


 AIのブログでも、記事の中に数人のゲストのコメントが並び、パッと見は違和感はないが、書き込みがあるにもかかわらず全く見えない状態が数ページ続くゲストページや、最新の記事の日付を見て、どこにも今日書かれたコメントは見受けられないのに、統計の表示にコメント数だけが10近く表示されており、そうか、ゲストページで誰かとやり取りしているんだなというのはすぐに察しがついた。その相手は、ケンなのだろうか?そんな思いから、コメントが表示されているAIの他のゲストたちのブログにも飛んでみた。そのゲストたちのブログでは、気になる部分は見受けられなかったが、AIのブログの履歴の一番上にあるMASATOのブログに飛んだ時、表示されている写真の一覧を目にし、頭の中の何かが引っかかり、写真一覧の次のページをクリックしてみた。


 するとどうだろう、目にしたことのある海が目に飛び込んできた。いや、海だけではない。写るサーフボードに見覚えがあったのだ。胸のザワザワは、もう張り裂けるほどに膨れ上がり、またその次のページを開くと、そこにNAOがいた。


「……やっぱりそうだ」


 どういうことだろう。ケンのブログに行き、交流している自分のクラウン名と同じAIという人物がいて、そのAIとNAOも交流がある。しかも遡って見てみると、ブロガーのAIとNAOであるMASATOの交流は、愛子がクラウンAIになる半年近く前からではないか。


 愛子はAIのブログへ戻り、ケンがいつからAIと交流があるのかを確かめると、ケンとAIの交流はまだ日が浅く、ケンがブログを始めた頃からで、それと照らし合わせるようにゲストページを遡ると、それ以前から表示されないゲストページが続いており、AIの記事のコメントを遡って見ていると、AIがブログを始めた頃には、やたらとMASATOの書き込みが多いことに気付いた。それと比例するようにMASATOがAIの記事へのコメントが減り、ゲストページが増えていることに気付いた。


 愛子は感じた不快感の原因を知り、さらに不快な気持ちが大きくなっていた。


 このAIというブロガーを間に挟んで、ケンとNAOが繋がっている。それなのにこの2人には交流がない。そのことに酷く違和感を感じた。NAOもケンがブログをやっていることを耳にしているはずだ。自分もブログをやっているのだから、探してみようとは思わないのだろうか?いや、もしかしたらとっくに気付いていて知らない振りをしているのではないか。なぜなら、このAIというブロガーは、この2人がクラウンだということを知らないはずはないのだから。


 いや……NAOだけでなく、ケンもMASATOというブロガーがNAOだって、知ってるのではないか。お互い知っているのに知らない振りをしてAIというブロガーと交流をしている……


 何だろう、この嫌な感じ。


 まさか……いや、まさか……2人ともブロガーAIが愛子だと思っている?いや、でもそんなこと聞かれたこともないし、そんな素振りなど一度も……


 いや、NAOとの会話の中で、チーズケーキは好きですか?美味しいところがあるので今度行きませんかと言っていたのは、つい先日のことではないか。その時に、お菓子作りとかしますか?そう聞かれたんだ。記事を見る限り、ブロガーAIはお菓子作りが得意な読書好きな子だ。そうだ、趣味を聞かれたとき、読書もしますという話をした時、自分は啓発本なんか読むことがありますが、AIさんはどんなものを読みますか?と聞かれた。私は読むならミステリーかなと返事した。ミステリー好きとまで言えるほどではないが、電車などの時間潰しのために読むくらいだったが、そう答えた。お菓子作りもブロガーAIほどではないけれど、バレンタインは手作りしたりしていたため、お菓子作りも時々しますと、女の子アピールしたつもりが、NAOはブロガーAIと愛子が同一人物ではないかと確認したかったのではないか……


 いや、でも、それならば聞いてくれれば済む話ではないか。では自分の考えすぎなのだろうか。


 合宿のときに感じていた真崎直人の視線が、本当に自分に向けられていたのか、それともブロガーAIなのかと思い視線がこちらに向いていたのか、それを考えると真崎直人の心が自分に好意的なものであったのかが疑わしく思え、寄せ始めた愛子のNAOへの想いを裏切られたような気がして、恋愛はしばらくいいと思いつつ、いい出会いができたと思っていた全てが嘘くさく思え、つい先程まで、何も余計なこと考えずにNAOとラインをしていたが、このブログのことを知った上でラインを送るとなると、会話には細心の注意を払った方がいいのではないか。それはNAOだけでなく、ケンに対してもだ。そう思った。



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