第123話目 交流89


 10月に入り、クラウンフェスタまで1ヶ月を切ると、ますます直人の忙しさが増したようで、ゲストページへの書き込みが少ない日もあり、そんなとき愛美はKENとのやり取りで直人の情報がなにかないかと、日によっては直人よりもKENとのほうが書き込みが多くなるときもあった。そこまでKENから情報を得ようとしたのは、少し前にKENから聞いた、クラウンAIとNAOの話だ。


 NAOが、AIとルイの3人で夕食を共にした日、本当は2人で出かけるつもりだったんじゃないかというルイの勘が本当だったと知らされたときに愛美の心を襲った感情は、嫉妬というより悲しみだとか空虚感だというか、そんな感情だった。自分が直人の現実にいない。とっくに分かっていたことだったが、それをより現実的に受け止めなければいけないという事実だった。もう、直人の心がそちらに向いてしまったのではないか……


 『AIさん、「視覚の残像」の感想、とても興味深いです。その瞬間の光景がいつまで経っても記憶から消えない、瞼を閉じて思い浮かべると、目を開けた瞬間、今もそこに広がっているのではないかと思えるほどだって、そういう光景はいいものならば嬉しいですね。でもそうじゃない場合、忘れ去りたいのに忘れられないのは辛いです。AIさんの心にあるそんな光景、聞きたい自分がいます。それと、お尋ねのクラウンフェスタの広報ですけど、自分は仕事がある日なので参加できません。NAOさんは実行委員なのでもちろんですが、AIさんも参加すると言っていました。同期のクラウンのグループラインでも参加表明している人がたくさんいましたよ。今年初めての参加になるので、一度キチンとしたメイクと衣装で外に出てみたいと思ってるクラウンが多いようです。広報もいくつかのグループごとですけど、NAOさんとAIさんは同じグループですね。NAOさんは実行委員なので、同じグループにしたのかもしれませんね。2人で出かけることも、あれからもあったようですから』


 胸がザワザワした。


 あれからも2人で出かけることがあったという一文は、空虚な心からまた一つ何かが零れ落ちた気がした。直人の心は、AIに向いてしまったのだろうか……私は、クラウンのAIじゃないのに。


 坂本さん、本の感想に興味があるんだな。そういえば坂本さんって、どんな本を読むんだろう?


 少しでも意識を違う方に向けたい愛美は、意識してKENである坂本が書いたコメントの中から、そういえば図書館にいるんだから読書は好きなんだろうな、どんな本を読んでいるんだろうなどと考えようとし、それでも考えれば考えるほど心の深くにいる直人へと意識が向かっていた。


 『KENさん、読書はよくするんですか?どんなものを読むんでしょう?私は記事からも分かるように、ほとんどミステリ―なんです。「視覚の残像」とてもよかったです。よく、ドラマなんかで犯人の似顔絵とか、そういうの思い出しながら描くなんていうけど、それが一瞬だとしたら、そこまで顔を覚えていられるものかと疑問に思ってましたが、そういうの残像として頭に残る人って、いるのかもって思わされました。KENさんは広報活動には行かれないんですね。あの衣装やメイクぶっつけ本番ってことですね?緊張しそうじゃないですか?それと、NAOさんとクラウンAIさんは、随分と親しくなっているんですね。そういう場でもいい出会いがあるんですね。KENさんも、そんな出会いがあるといいですね(笑)』


 自分の知らない直人。いや、考えてみたら自分が知ってる直人は、『真崎先生』でいるときの直人で、それ以外の直人はもともと知らない人だった。自分が知っているはずの人が、本当は知らない人だったことを知り、本当は直人のことなど全く知らないんだということを知り、今まで感じていた距離感が、もう見えないほどに遠のいているのを愛美は感じていた。


 『出会いですか?そうですね、たくさんの人と出会いましたよ。でもまあ、あくまでもクラウンとしての出会いで、今のところそれ以上になれる人がいるとは思えませんけどね。NAOさんとAIさんのように、2人で出かけられるような相手が自分にもできるといいんですけど(笑)そうそう、ぶっつけ本番になるので、多少不安はあります。そもそもメイクした顔で外に出ることはかなりの緊張を伴いそうです(笑)それと、読書のことですけど、自分、読書をするのは好きなほうなので、色々読みますよ。ミステリーも読みますので、AIさんの紹介されている本も、興味がそそられるものが多いです』


 2人で出かけられるような相手……か。


 今夜は、まだ直人からの書き込みはない。時計を見ると、すでに22時近くになり、忙しいと言っていた直人はもうこないのかもしれない。だったら、先に自分のほうからおやすみを言おうか。


 愛美はKENにコメントの返事を入れたら、昨夜の直人との1回限りのコメントのやり取りの後に、今日のおやすみなさいを入れよう。それがせめてもの意地だと、そうすることに決めた。


 『KENさん、クラウンフェスタのときも、どんなに緊張して人前に出たのか教えてくださいね(笑)お話聞かせてくれて、ありがとうございました。もうパソコン閉めますね』


 KENへの書き込みのあと、直人のゲストページを開いた。


 昨夜おやすみなさいを入れたままで、新たな書き込みがないそのゲストページに愛美はおやすみなさいをいれた。


 そう書いたのなら、パソコンを閉めればいい。そう思いながらも、もしかしたらという気持の残り香が消えず、愛美は幾度となくF5キーを押していた。すると、ようやく直人からの書き込みを見つけた。それは昨夜のゲストページではなく、今夜、新たに入れてくれたものだった。


 『愛さん……ごめんね、遅くなってしまって……もう、寝ちゃったかな?今日はね、仕事の後に実行委員の会合に出てたんだ。その後にね、ちょっと飲みに行かないかと言われ、今に至ります。先週末に、それぞれの希望の日程の最終確認があって、グループ分けもできて当日を待つだけだよ。それと、実行委員の自分はやはり毎日NAOになるわけにはいかなくて、3日と最終日の5日にNAOになることに決まったよ。そのうちの3日は、ナグモ、ミーナ、MAY、〇ジェル、AI、NAOの6人のグループで回るよ。因みに、KENはね、ルイ、ジョーカー、ジャン、MIO、YUUのグループだよ。いろんなことがどんどん決まっていって、ワクワクしているんだ。でね、NAOになれない日にはね、クラウンさんたちのまとめ役でクラウンたちと行動を共にしているよ。裏方に徹します(笑)なので、NAOがいない日でも、どこのグループについてどこに出没するか、また教えるね。今夜はね、気の合う仲間と飲んで、とても楽しかったんだ。でもね、不思議だね、楽しいんだけどそれと同じだけ、なんだか寂しくてたまらなくなってきたんだ。前にも言ったけど、楽しいのに悲しいのは、今が永遠じゃないと知っているからかもしれないね。それでね、愛さんのことばかり考えていたんだ。今夜、遅くなっちゃったけど、どうしても愛さんに会いたくてたまらなかったんだ。だから愛さんのおやすみなさいを目にできて、安心して眠れそうだよ。ありがとう愛さん。おやすみなさい』


「直人……」


 直人からの書き込みを目にしてしまうと、抱えた不安だとか空虚な心だとか、その部分に何か温かいものを流し込まれた感じがして、目頭が熱くなり……嬉しい。ただ、そう思う。が、愛さんに会いたくてたまらないというその言葉に喜びを感じながらも、それぞれの希望を聞いた上でのグループ分けにAIがいる。それは直人が意図したグループ分けなのだろうと思うと、この胸に込み上げてくる感情はなんだろう……嬉しいと悲しいが一緒くたになって、ごちゃ混ぜになって襲ってくる感情に、愛美はどうすることもできずにパソコンを閉じた。



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