第122話目 ブロガー15

 拓也は、KENとしてAI《マナ》と交流を持つようになってからも、タクシーとして書き込みをしていた。が、AI《マナ》は、KENのほうにはよく返事を入れてくれ、ひと晩に2、3度返事を入れてくれることもあり、会話をしている気にさせられ、嬉しくある半面、やはり返事がその日に入ることすらないタクシーとしては面白くはない。


 そんなモヤモヤを感じながら、拓也の意識下でもできるだけKENとして交流をして行こうと行く気持ちになっていた。話題はほとんどクラウンのことであり、NAOが絡んだ話ばかりなのだが、ただ、AI《マナ》と話ができるだけでよかったのだ。


 日曜日に、瑠衣がワークショップに行くことを知り、拓也は自分の衣装のアイデアも瑠衣に持って行ってもらい、OKなのか直しがあるのかの確認を頼むことにした。まあ、頼んだというより、頼まされたと言った方が正解かもしれない。瑠衣は図書館ボランティアにもよく顔を出してくれるようになり、そのたび拓也とも顔を合わせ話をするようになっていた。


 その衣装のアイデアを頼んだ翌週の土曜には、読み聞かせのボランティアが午後からにも拘らず、瑠衣は拓也の昼休憩に合わせて行くので、ご飯一緒にしませんか?テイクアウトの美味しいとこでお昼準備していきますなどと、嬉しい申し出に、では行ってもらうお礼にお会計は自分がと、そんな流れで、昼休憩に入ると、瑠衣はすでにお茶の用意もして待っていた。


「拓也さん、ローストビーフ丼とロコモコのどちらにします?」


「瑠衣さんが先にどうぞ」


「いえ今日は私が用意したので拓也さんからで。私は両方食べたことがありますが、どちらも美味しいですよ」


「坂本さん、いいですね。今日は中山さんと2人でランチですか」


 食事を終え余暇でコーヒータイム中の馬場みどりは、土日限定の臨時で瑠衣とも顔馴染で、意味ありげなニヤケ顔で声をかけてきた。


「坂本さんとは今日はクラウンのことで話があったからなんですけど、今度馬場ちゃんの休憩時間に合わせてくるからご一緒しましょうよ」


 瑠衣はボランティアでもあっという間に図書館で働く人たちと打ち解けた。こういう長けたコミュニケーション能力は本当に羨ましく思う。


 瑠衣との食事を終える頃には、コーヒータイムを終えた馬場みどりは仕事へ戻って行った。馬場みどりの休憩時間はまだ10分ほど残っていたが、馬場みどりはいつも時間に余裕を持って行動していた。


「この時間だと、もう昼休憩は誰もきませんか?」


「そうですね、今日は自分で最後です。最後の時は入れ替わりで入ってくる職員がいないので、だいぶ気楽に過ごせますね」


 図書館では30分おきに昼の休憩時間が組んであり、誰かが食べ終えた頃に次の人が来て食べ始めで、時間によってはそれが2人になるときもあるが、だいたい最後は一人だ。拓也は職場以外で誰かと食べることがあまりないので、一人ご飯ものんびりできていいやと思う方だった。


「そんな時にごめんなさい」


「いえいえ、わたしも一人で食べるよりも一緒にご飯できる人がいるほうが美味しいですから全く問題なしです」


 誰かとというより、瑠衣だからより美味しくなっているのだと、それはわかっていたけれど口にはしない。そこには、少しだけ自分の胸に起きた鼓動を感じていた。


「ご飯といえば、この前の日曜日、私とAI《あいこ》さん、NAOさんの3人でご飯に行ったでしょ?あの時、もしかしたらAI《あいこ》さんとNAOさん、2人で約束してたのかもって話したじゃないですか。あれね、あとでちょっとAI《あいこ》さんに探りを入れてみたんです。ラインしてるときの話の流れで聞けそうだったので、あの日、気になったのですが……そうだったらごめんなさいといった具合に。」


「そうなんですか。それで……」


「やっぱりそうでした。NAOさんが知り合いの誕プレを買うとかで、日曜にAI《あいこ》さんがワークショップに行くと連絡してラインしているうちに、アドバイスくださいという話になったようです」


「そうだったんですね。じゃあそう言ってくれればよかったのに……ですね。気を使われたみたいで、逆に気になりますね」


「……ですよね。研修の時、NAOさんやたらAI《あいこ》さんを意識している風な気がしてて、そう聞いてみたんです。そしたら知り合いに似てるとか言ってましたけど……」


「へぇ、知り合いにですか。でもまあ、そういうこともありますって。瑠衣さん、NAOさんに好意を持ってるんですね」


「いえいえ、好意っていうか、好意って言えば拓也さんにだって抱いてますよ。NAOさんの活動とか見聞きしてて、素敵な人だなとは思いましたけど、拓也さんの仕事の話とか、そういうの見知って、やっぱり素敵な人だなって思いますもん。それと同じ意味での好意ですからね」


「ありがとうございます。そんなふうにハッキリ言われたことがないので、なんだかくすぐったいです」


「私、拓也さんの絵を見て、今更ですけどいろいろ気付いたんです。図書館の中のあちこちに本の紹介の絵とか、とくにキッズコーナーにはたくさん絵で紹介されてて、あれって拓也さんですよね?図書館で働く人たちって、本が好きなんだろうなとは思っていたんですけど、あれだけ紹介してるって、全部読んでのことでしょうし、いろんなジャンルを読んでいて、改めて感服しているところです」


「そんなに褒められて、そろそろ照れてしまいそうなところなんですけど、ただ、好きでやってることですから」


「あっ、そろそろ休憩終わりますね。話を聞いてもらってありがとうございました。AI《あいこ》さんとNAOさんのことでモヤモヤがあったので、聞いてもらえてよかったです。またボランティアの日にここでランチさせてもらっていいですか?」


「もちろんですよ。馬場さんも楽しみにしていると思いますよ」


「拓也さんも楽しみにしててくださいよ」


「はい。楽しみにさせてもらいます」


 そんな言葉と被るように、ボランティアの村野真理が顔を出した。瑠衣は村野真理に手を振り、近寄って何やら話を始めたので、さて仕事に戻るかと立ち上がると、こちらを向いた瑠衣と目が合った。


 仕事に戻り、貸し出しの作業で人が途切れて中断しているときなど、瑠衣が話していたことに意識が向いていた。やはりAI《あいこ》とNAOが2人で約束をしていたというところだ。瑠衣には話さなかったが、飲み会の時にNAOがAI《あいこ》を誘っていたことに拓也は気付いていた。わからないように話していたつもりのようだが、そこに意識を向けていた拓也にはすぐにそれがわかったのだ。AI《マナ》には悪いが、そのままNAOの気持ちがAI《あいこ》に向かえばいい、そう思って応援していたほどだった。AI《マナ》の気を引きたい、KENでもタクシーでもいい、AI《マナ》ともっと話したい。ただそれだけだった。


 が、今この瞬間、それとは別の感情も少しだが湧いている。


 瑠衣の気持ちが、もしかしたら自分に向いている?そう思うと、起き上がる感情がある。この感情を、起こしてしまっていいのだろうか?



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