第121話目 交流88

 ルイさんとAIさんも来てくれてね……か。


 その一文で、一緒にご飯に行ったのはこの2人なんだろうなと、直観的にそう思った。まあ、3人だけではないのかもしれないけれど。


 『KENさん、クラウンの衣装のアイデアは限定の記事で、今日UPしていますよ。ルイさんから連絡をもらったようで、これでOKが出たって書いてます(笑)うん、KENさんの絵、ビックリしました。すっごい上手なんですね。ルイさんにもその辺りをすごく褒められたらしくて、恐縮しまくりだって書いてます(笑)みなさんの衣装も、徐々に決まってきているんですね。楽しみだな』


 KENのブログの限定の記事には、他にも気になる記述があった。それは、クラウン同士で気が合い親しくなってる人たちもいて、この間の飲み会で2人だけでラインを交換しているクラウンがいたとか、誘って2人で出かけるみたいだとか、そういう相手ができることも羨ましく思うとか、そんなことも書いてあった。


 愛美は、それが直人だと思ったわけではないが、こんなふうにクラウン仲間で夕食に行ったなどと聞くと、心中穏やかではない。当たり前のことだが、自分が知らない直人が、間違いなくそこにいることへの不安だ。


 なんだかコーヒーが飲みたい気分だ。愛美は普段は夜にコーヒーを飲むことはないが、キッチンに向かい冷蔵庫に常備しているアイスコーヒーをコップに注ぐと、半分ほど飲み、残りを持って部屋に戻った。


「夜コーヒー飲むとトイレに起きちゃうよ」


 そんな母の言葉に、「暑いから大丈夫でしょ」と相槌を返したときも、直人が誰かたちとパスタを食べているところを想像していた。


 『KENさん、ブログにも載せたんだね。そうです、あれが完成図になるんですよ。あの衣装のアイデアで、それぞれそれに近いものを探したり手を加えて行くんですよ。だからね、衣装のアイデアを先に考える人と、まずクラウンの衣装になりそうな服を探してから、そこからアイデアを足して行く人とかね、色々だよ。NAOも帽子にワッペンいくつかつけてるでしょ?あれね、自分でつけました(笑)』


 愛美はもう何度も目にして覚えていたNAOの衣装を思い浮かべた。が、帽子のワッペンもあったのは記憶していたが、もう一度パソコンに入れてあるNAOの写真を見て、これか……と、それをつけている直人の姿を想像し、思わずニヤケた。クラウンの衣装のために針仕事をしているなんて、なんと微笑ましいのだろう。……やってあげたいな。


 『今ね、直人さんが針仕事をしている姿を想像してみたよ。なんかね、可愛いって思っちゃった(笑)クラウンさんたち、みなさんそんなこともしているんだね。なんかさ、よく考えてみたら楽しそうとか、面白そうとか、そういう軽い気持ちでやれるようなことじゃないんだなって、改めて思いました。こういう貴重な話を聞いて、それでクラウンさんたちを見たら、どのクラウンさんに投票しようか、めっちゃ悩みそう。NAOさん一択だったけど、変えちゃうかも(笑)』


 『あっちゃー。余計なこと教えちゃったかな(笑)NAOから一票減ったかな?(笑)でもね、本当にみんな考えて手をかけて衣装を作っているし、芸も磨いて行くから、その辺じっくり見て考えて投票してくれればいいよ。NAOもね、新しいバルーンアートに挑戦するみたいだから、お楽しみに!だよ(笑)さて、今夜もありがとう。明日からまた1週間が始まるよ。次の週末は3連休だから、それを励みに頑張るね。じゃあ、おやすみまさい』


 『えっ?新しいバルーンアート?気になる気になる……でも、まだ見せてくれないつもりなんでしょ?当日のお楽しみにってことかな。もうNAOさん、絶対に観に行きたくしてくれるよね(笑)楽しみだな。NAOさんに会うのも、KENさんを観るのもAIさん、ルイさん、リングさん、モモさん……いろんなクラウンさんに会うの、楽しみにしているね。今日もありがとう。おやすみなさい』


 その言葉を入れながらも、愛美の心のざわつきはまだ治まらずにいた。


 NAOとのやり取りの間に、KENが入れてくれたゲストページでのやり取りで、NAOがAIとライン交換をしたこと、2人で出かけたことを知ったからだ。


 『AIさん、記事へのコメントありがとうございました。すごく絵を褒めてもらえて嬉しいです。わたしはインドア派な子供で、家で絵を描いたり本を読んだりが好きな子供だったので、だからよく絵を描いていたから、それがこんなときに役立ったのかもしれません(笑)衣装も褒めてもらえて嬉しいです。もしよければ、当日には是非観に来て欲しいです。あっ、一応、無理強いはしませんのでと断っておきますが』


 『KENさん、すごく絵が上手なんですね。本当にそう思いますよ。それから記事にもありましたけど、気の合うクラウンさんと親しく付き合いができるようになるのが羨ましいっていう気持ち、わかります。いくつになっても新しく親しくできる人ができるって、いいですもんね。あと……異性でも、例えば好きな人ができるとかね、そういうのもあるのかなって……KENさんにも、いい出会いがあるといいですね。そのルイさんとも、よく顔を合わせているうちに……なんてこと、あるかもしれないし(笑)』


 探りを入れるつもりで、こんなことを書いた。いや、探りなどという言葉は下品か。……ただ、直人の、私の知らない時のNAOのことを聞きたいと思ったからだ。が、その返事を読んで、愕然とした。ずっと、Sさんこと坂本美和を警戒していたが、坂本美和は直人が言っていたように、ただの同僚だったのかもしれない。


 『そうそう、今日ね、ルイさんとAIさん、NAOさんの3人で夕食を食べてきたんだそうですよ。わたしが今まで一緒のときに見ていて思ったのは、NAOさんはどうやらAIさんのことが気になっているようです。……と、こちらのブログもAIさんで、ちょっとややこしいですね(笑)クラウンのAIさんが気になっているみたいで、ライン交換もしていたようです。まあ、わたしも交換しましたが(笑)おっと、ここでの話はMASATOさんには内緒でお願いしますね。さっき、ルイさんとラインしてたんですけどね、もしかしたら今夜、NAOさんとAIさんは2人で会う予定だったかもって書いてました。自分が誘ったあと、2人の目配せが気になったようです。そういう勘って、当たったりすることありますよね……と、ルイさんが書いてました。ルイさんもNAOさんが気になるのかなと……』


 ふん、やっぱりそうだ。今日はルイさんとAIさんと一緒だったんだ。愛美は自分の勘も捨てたもんじゃないと思いつつ、3人でいたことに嫉妬の気持ちが湧き上がっていた。


 クラウンAI……直人はもしかしたらそれが私だと思ってる?だとしたら、嬉しい気持ちもないわけじゃない。私だと思って……だったなら。でも、それは私じゃない。そして顔を合わせて話をしているうちに、お互いそういう気持ちになったら……クラウンAIが私じゃないとわかって、それでもそうだとしたら……AIというハンドルネームで2人を引きあわせてしまったのは、私だということになる。


 愛美は背筋を這い上がってくるゾワっとしたものを全身に感じ、何か取り返しのつかないことをしてしまった気がして、途方に暮れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る