第118話目 交流85

 今夜は直人からの書き込みがまだない。新学期が始まったばかりで直人も忙しのかなと、学校の帰り際に4階の廊下から見たグラウンドで、集まり始めた順に活動を始めたサッカー部員の動きをしばらく眺め、そこに小走りできた真崎先生の姿は、それだけでなんだか忙しそうに見えた。


 ブログを開けて直人がまだいないことを確認し、先にゲストたちの記事をを回ろうと、いつもならば新着の登録順に回るところを、今夜はまずKENのブログを先に訪問した。やはりKENの存在が気になる。それはKENが坂本拓也だということも多少あるが、それよりもKENの記事はクラウンの話題が主だろうから、愛美は自分の知らない直人のことを知ることができるかもしれないという、そんな気持ちからだった。


 記事にコメントををするときも、多少悩んだ。いつかKENのブログにMASATOも出入りするようになるかもしれない。直人は愛がKENの素顔を知っている、そもそもKENというクラウンがいることも知っていて、それでそこに出入りしてコメントをしていることを知るのをどう思うのか。それを考えると不安もある。そこで、KENというブロガーから書き込みがあったことを今夜直人に伝えようと考えていた。クラウンのKENさんが、愛をクラウンAIだと思い込んで訪問してきたと。それを内緒にする必要など、愛にはないのだから。


 そう考えているところにKENからゲストページに書き込みがあり、そこでKENの方は既にMASATOがクラウンNAOだということに気付いていることを知った。だからこそ、ブログのAIとは内緒での会話を求めてきた。だが、これは逆に有り難い申し入れでもあった。愛美にとっても、KENとのやり取りを直人に読まれることには抵抗があったからだ。


 『KENさん、MASATOさんがNAOさんだということ、気付いたんですね。まあ、MASATOさんもブログのなかでクラウンをやっていることを書いているところがあるし、メイク顔も載せてたことがありましたもんね、クラウンで検索すれば見つけることもできたでしょうから。私も昨夜の書き込みで、KENさんがクラウンだということを知り、そうなるとMASATOさんがNAOさんだということを知っていたので、お互い知った人かもしれないなと思っていたところでした。そうした場合、どちらにもどのように対応すればいいのか悩む部分でもありましたので、気付いたことを話してくださってよかったです。もしかしたらそのうちNAOさんも気付くかもしれませんね(笑)内緒での交流、了解です』


 相手が図書館の坂本さんだと思うと、なんだか不思議な気がするけれど、でもKENは私が寺井愛美だと知らないのだから、ブログで知り合ったばかりのゲストとしてコメントをやり取りすればいいだけなので、他のゲストと同じように自然体でやればいい。


 KENに返事を入れると、すぐに新しいコメントの表示が付いた。直人だ。愛美は自分の顔から零れる笑みに気付き、そんな自分も嬉しく感じた。


 『愛さん、ただいま。今日は疲れたぁ……2学期になって授業が始まって、それだけで疲れがどっと出るよ。いやいや、生徒たちが夏休みの間に自分もだいぶ楽してたみたいだなって、実感したよ(笑)部活のほうも、大会が終わって、3年生もサッカーで推薦もらえそうな子たち以外は進路を考えて勉強に身を入れる子や、社会人の方へ舵を切る子や、いろいろでね、クラウンの活動だけに力を入れてる場合じゃなくなってて、しばらく忙しくなるかもしれないよ。ここに来るのも遅くなることが増えるかもしれないけど、必ずくるからね(笑)』


 そうか、クラスのサッカー部の子も推薦もらえる子がいるみたいな話をしてたな。高校でサッカー止めようと思ってる子もいるみたいだし、社会人チームに行くのも大変そうで、実力や厳しさを実感する頃だから、顧問の先生たちも神経使うのかもしれないな。


 成績は家政科で常にトップを争っていた愛美は、推薦がもらえると増本から聞かされ、あとは小論文をいくつも書く練習をしておけと言われたところだ。


 愛美はKENへとのやり取りを一通り読み返し、直人に返事を入れようとして、再びのKENからの書き込みに気付いた。


 『AIさん、申し出を快諾してくださって、ありがとうございます。自分、とりあえずMASATOさんがNAOさんだということには気付いていない風を装うのっで、もし万が一にもNAOさんがKENのブログを訪問し気付くようなことがあったらお知らせしますね』


 その書き込みを読んで、喉を冷えた炭酸水で潤してから、愛美は直人に返事を書き始めた。


 『直人さん、おかえり。2学期になって、仕事が忙しくなっているんだね。大変だ……でも生徒さんたちの希望に沿って進路を考えてあげるって、大事なことだもんね、頑張ってね(笑)……あのね、一つ話ておかなきゃならないことがあるんだけど……あのね、研修の時に聞かせてくれた話の中で、KENさんって、いたでしょ?そのKENさんがね、私のブログに訪問してくれたんだ。なんかね、クラウンにAIさんがいるでしょ?どうやらそのAIさんのブログなんじゃないかって思ったらしくて……でね、私はクラウンAIじゃないですよ、違いますと返事をしたんだけど、それで間違いを詫びられて、ファン登録したいということで、登録したの。断る理由もないしね。でね、大事なのはここからなんだけど、KENさん、MASATOさんがNAOさんだって、気付いたみたい。で、ここでのやり取りをNAOさんに読まれるのは恥ずかしいから、内緒で書き込ませてくださいって言われて、了承したの。そのこと、一応直人さんに話しておこうと思って。KENさんもね、いつかMASATOさんが自分のブログを訪問したら、すぐにKENだとバレるだろうけど、それはそれで構わないみたい。そしてもう一つ大事な話……それはね、私がKENというクラウンがいることを知っていたこと、直人さんが見せてくれた写真でKENさんの素顔も知っていること、それはKENさんに話していません。直人さんと話した事、このブログでのやり取りを他人に話したらいけないと思って……って、でも直人さんにKENさんのこと話しちゃってるね。矛盾してるか(笑)ただね、私は直人さんに隠し事をしたくないから、言っておこうと思って』

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