第116話目 交流84

 直人から返事が入ったのは、0時を過ぎて『おやすみなさい』の言葉を入れてからほどなくしてからだった。それは直人がバーベキューの写真を見せてくれた時間から3時間近く経っていた。


 愛美は直人が朝早くからサーフィンに行っていたことを知っていたため、ブログをやりながら眠ってしまったのだろうと思っていた。それでもと思い、『おやすみなさい』を入れたあと、しばらくは直人のコメントが入るかと思い待っていたのだ。直人の『おやすみなさい』を目にし、安心してブログを閉じた。


 それにしても驚いた。


 いつコメントが入るかと直人を待っている間、時間潰しのために愛美は以前直人に教わった、ワークショップのHPを訪問し、そこからクラウン研修のことを載せている動画を観たり、そこにコメントをしているクラウンと思われる人の動画やSNSなどを訪問し、そこでNAOの姿を見つけるたびにパソコンのお気に入りに入れたりしていた。


 そうしてブログに直人のコメントがいつ入るかF5キーを何度かめに押した時に見た履歴の中で、一つの履歴に目が留まった。


『KEN』か。


 そういえばケンというクラウンが新しく仲間に入ったと直人が言っていた。それは見せてくれた写真で、坂本拓也なのだということはわかったのだが、でもまさかなと何の気なしにその履歴を押した。するとどうだろう。まさにそのケンのブログだった。ケンであり、KEN。それはつまり、坂本拓也なのだ。


 まだ始めたばかりのそのブログには、何のコメントもされておらず、誰からもコメントを入れてもらえずにいたら寂しいだろうなと、コメントを書こうかと思ったが、やはり躊躇った。これはクラウンのケンで、愛美も知る図書館の坂本拓也だ。下手に交流を持ったりすると、自分が誰なのかバレるのではないか。坂本拓也は愛美が借りている本を知っているのだし……いや、でもいちいち図書館で本を借りる人がなんていう名の本を借りたのか、さすがに全部を把握しているわけはないかとも思うが、美菜がよく「坂本さんはお姉ちゃんを……」と言うのが気になっていることもあり、ここはやはり下手に交流を持たず、ただ訪問をしてKENのブログの中にNAOを探すだけにしておこうか……そしてその中に、Sことクラウン名リングこと、坂本美和の話も出るかもしれない。となると、坂本拓也と坂本美和の関係性、真崎先生と坂本美和の行動も知ることが出来るかもしれないと、しばらくは様子を見ることにした。


 そして、そのKENに動きがあったのは、その数日後だった。


 夏休みが開け、うだるほどの熱い夜、愛美は部屋の温度を27度に設定し、風呂上りに氷の入った保冷用のタンブラーに炭酸水を注いで、喉を潤わせながらパソコンに向かっていた。


 『お風呂に入ってくるね』という愛の書き込みに、『じゃあ自分もシャワーしてきちゃおうかな』という直人の書き込みがあり、そこに『出たよ』のコメントを入れようとしたところで、ゲストページに新たな書き込みがあることに気付いた。


 『はじめまして……ですよね?自分の勘違いかもしれませんけど、と、前置きさせてもらいますが、あの、AIさんというのは、クラウン研修で一緒だったAIさんですか?間違っていたらすみません』


 それは、内緒で書き込まれたもので、KENからのものだった。


 そうか、クラウン名にAIという人がいるんだから、ハンドルネームをAIにしているブログを見つけたら、そのAIかなと思う人だっているはずだ。


 さて、どうしよう。


 愛美は直人への返事を入れ、直人からのコメントを読み、そんな直人とのやり取りをしている間中、どう返事を入れようか悩んでいた。


 愛美はブログではAIだけれど、クラウンのAIではない。が、自分がクラウンのAIだということにしてしまえば、KENからいろいろ情報が引き出せるかもしれない。そうすれば、自分が知らない時間の直人や坂本美和、そのAIというクラウンのことなど、もっと知ることが出来るのではないか。だが、クラウンのKENが当の本人クラウンAIにブログの話をしたら、当然別人だとバレる。そして、もしNAOがその嘘を耳にしたら、ブログにいる愛をクラウンAIだと思い込んでしまう。それは絶対に避けたい。どう返事をしたらいいのだろう?違いますよ。でフェードアウトしてしまえばいいか。……下手に交流を持とうとすると、AIが愛美だと坂本拓也にバレてしまうかもしれない。やはりそれだけは絶対に避けたい。


 これ以上、嘘を抱えることも疲れるかもしれない。嘘をつくのは簡単なようで難しい。どこかで話の辻褄が合わなくなることが出てくるかもしれない。自分のついた嘘を全部事細かに覚えておくのはそう簡単なことではない。大きな嘘を一つ、そして辻褄が合わなそうなときは、敢えて書かない。書かないことは嘘にならない。愛美はそんなふうに自分の心を誤魔化してきた。


 愛美は隠しきれない覗き心を抑え、別人だと返事を入れることにした。


 『KENさん、書き込みをいただいてありがとうございます。お尋ねの、そのクラウンAIさんですが、私ではありません。同じハンドルネーム?クラウン名?を考える人って、いるんですね。親近感が湧きました(笑)』


 そうコメントに返事をして、動向を見ることにした。


 すると、そのコメントを入れた直後に、新たな返事が入った。


 『すみませんでした!聞かなかったことにしてください。わたしの記事を読んでいただけたでしょうか?今年からクラウンというものをやることになったのですが、そこでAIというクラウンを知り、もしかしたらと思って書き込んでしまいました。失礼しました。それで……あの、これも何かのご縁ということで、ファン登録させてください。よろしくお願いします』


「……マジか」


 こうなるかもしれないことを頭の中によぎらなかったわけではない。こんな書き込みのあと、お互いにファン登録なんてことは、ブログの中ではよくあることだ。これは断れない。断るとしたら、どんな理由で断ればいいのだ。向こうにしてみたら、偶然知ったAIというブロガーと交流を持とうとしているだけで、こちらがKENが坂本拓也だと知っているとは夢にも思ってもいないはずなのだ。お互い知らない人同士、その体で登録を了承しなければ、逆に疑われるかもしれない……


 『KENさん、登録ありがとうございます。間違いから始まるご縁というのも面白いですね。クラウンの記事、興味深く読みました。こちらこそよろしくお願いします』


 そう返事を書き、KENのブログへと飛びゲストページに挨拶を残し、ファン登録ボタンを押した。

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