第115話目 交流83 MASATO

 増本夫婦と早朝のサーフィン後にバーベキューをしようと決めたのは、お盆休みに入る前で、増本は直人に彼女を誘えと言っていた。そうだった、まだ塔子と別れたことを増本に話していなかった。


 いい加減言わねばと、2人で飲みに行き、事のいきさつは大幅にカットし、別れたと伝えた。いつのことだ?もう5ヶ月も経ってたのか。何故言わなかった。この間、何度も塔子ちゃんの話をしてしまっていたじゃないか。すまないことをした云々……増本に恐縮されたが、言わない、言えないでいたのは自分の方なので、そんなに謝らないでくれと、もう心の整理もついたことなど伝えた。


 では、バーベキューには妻も知る同僚を何人か誘うかという話にもなったが、ちょっと待ってください。知り合いに声をかけてみますと言ったのは直人のほうだ。は?なんだ?もう新しい人がいるのか?と揶揄われたが、いや、そんなんじゃないんだ……クラウンの知り合いなんだと伝えたが、増本は大いに怪しんでいた。


「まだそういうんじゃないんで、お願いしますよ」


「まだ?なるほどね、はいはい」


何がなるほどなのかわからないが、なんとなくこちらの意図は伝わったようだ。


 そんなわけで、今朝はいつも以上に早起きをした。AIさんを途中で拾うためだ。


 バーベキューに誘った翌日、AIと交わしたラインで、AIが国山市に住んでいることがわかり、直人が行く海は国山市を通ることから、じゃあと途中でAIを乗せることになった。いや、実際は国山市に住んでいることはクラウンの事務の資料で確認済みだったのだが、知らなかった振りをした。そういうわけで、車の中はAIと2人きりだ。


 直人の心は浮足立ち、AIと何を話そうか、どんな話がいいかな、やはりここはクラウンフェスタの話をするのがいいだろう。いやその前に、今日一緒の増本夫婦の話が先だ。たくさん話をしよう。いろんなことをAIさんには知って欲しい。AIさんのことも話して欲しい。たくさん話せば、AIさんが愛さんだという確信が持てるかもしれない。そして、もし愛さんがその小指を……


 直人はAIが愛かもしれないという気持ちが日々強くなっており、2人だけで写っているかのような写真をスマホの画面に写し出し、その優し気な笑顔をAIに向けていた。



 『愛さん、ただいま。今日はとても楽しい1日が過ごせたね……


 いや、過ごせたねと書いてしまうのはまだ早いか。AIさんは、まだ小指で合図してくれていないじゃないか。


~AIさん、今日はありがとうございました。自分たちのサーフィン見てくれてありがとう(笑)退屈しませんでしたか?バーベキューは楽しめたようで、ホッとしました。自分もいい1日が過ごせて、本当にいい1日でした~


 ブログで愛さんに言葉を書く前に、AIさんへラインした。考えてみたらAIさんとラインしてるんだから、ブログで書かなくてもいいんじゃないかと思うが、……いや、ブログでも書いておこう。まだ合図をしてくれないのだから、ブログにいる愛さんをないがしろにしたと思われては困る。


 『愛さん、ただいま。今日は早朝サーフィンからべーべキューへと流れ込んで、楽しい休日を過ごせました。一緒に行った仲間もみんないい人たちで、こんな仲間がいるって、人生に感謝したいくらいだよ。今日の写真も載せるね。バーベキューを楽しんでいた他のグループの人に撮ってもらったんだ』


直人は鉄串に刺さった肉をがぶりとしている姿をアップにして載せた。AIさんに撮ってもらったものだ。自分で言うのも変だが、美味しそうに食べている顔がいいかと思う。愛さんはどう反応してくれるだろう?画面の向こうで、自分が撮ったものだとニッコリしているのではないか?


 『直人さん、おかえり。今日はサーフィンにバーベキューにと、またまた充実した夏の休日を過ごしていたんだね。お肉にかぶりついている直人さん、子どもみたいで可愛い(笑)美味しかった?今日もM先生と一緒だったんでしょ?仲いいんだね(笑)』


~NAOさん、こちらこそありがとうございました。楽しい1日が過ごせました。誘ってくださって、ありがとうございました。増本さんの奥さん、素敵な人ですね。NAOさんたちがサーフィンしているときも、いろんな話をさせてもらって、楽しかったです。私がクラウンをやるって知ってらして、クラウンフェスタでも探しに来てくれるそうです。その前にもまた飲んだりしましょうよって誘ってくださいました。NAOさんのお陰で増本さん夫婦とも知り合えてよかったです~


 愛さんから返事が入り、コメントしようとしていたところにAIさんからラインが入った。直人は思わずクスリと笑みがこぼれた。あっちとこっちで、これもまた面白いな。


~AIさん。増本夫婦と仲良くなれて、よかったです。自分、あの2人には随分とお世話になっているんで、末永くお付き合いしていきたい2人なんですよ。クラウンフェスタは増本夫婦も毎年来てくれます。今年はAIさんを探すかもしれませんね。敢えて自分たちがどこに出没するのか教えないようにしましょうか……そうだ、AIさんがクラウンになる日と自分がNAOになる日を同じにしましょうか。それで行動グループも一緒にできると思うんですが、いいですか?~


ずっと考えていたことだった。クラウンになる日、AIさんと同じ日、同じグループで行動出来たらいいなと思っていた。もちろん実行委員の事務でそのように組むこともできるが、やはり断りを入れておくほうがいい。他のクラウンたちにも希望する日程や組むグループのメンバーの希望も出してもらい、それでうまく組み合わせていくのが実行委員の役割なのだ。そんなわけで、AIに自分と同じ日で同じグループを希望と書いてもらいたい。そう思っていた。


 AIさんからラインの返事が入る前に、ブログのほうの愛さんにも返事を入れてしまおう。そう思いコメントを書き始めた。


 『そうだね、M先生とは本当に仲良くしてもらっているんだ。奥さんもいい人でね、長く付き合っていきたいと思ってるよ。お肉にかぶりついているなんて、言われてみたら子供みたいな……


書いている途中で、AIさんからラインの返事が入った。


~ありがとうございます。クラウンフェスタもご一緒したいと思っていたので、一緒にと誘ってもらえて嬉しいです。そうですね、増本さんご夫婦に探してもらって見つけてもらうって、それ、面白いです。お二人がどのクラウンに投票するのかも、とっても気になるところです。リングさんも同じ日に誘います?リングさんも増本さんとお知合いですもんね~


 うわーっ、そうきたか。


 AIさんは、リングさんがSさんだって気付いて言ってるのかな。そんなこと気づいても、もう気にもならなくて言ってるのかな……


 直人はAIの真意を量り兼ね、どう返事をしようか悩んだが、ここは同僚のリングを誘わない方がおかしいかと、そうAIに返事をした。


 そうして、サーフィンとバーベキューを楽しんだ日は、夜の時間もAIとラインでお喋りをし、満たされた気持ちで直人の心は安らいだ。


 AIと、今日は楽しい1日をありがとうございました。おやすみなさい。と、その言葉を送ってから、そうだ愛さんの方へのコメントが途中だったと、コメントの続きを書いた。


 『そうだね、M先生とは本当に仲良くしてもらっているんだ。奥さんもいい人でね、長く付き合っていきたいと思ってるよ。お肉にかぶりついているなんて、言われてみたら子供みたいだね(笑)このお肉、とても美味しかったんだよ。またいつか一緒に行けたらいいね。今夜はなんだかいい気持ちのまま眠れそうだよ。ありがとう、愛さん。おやすみなさい』


 そのコメントを入れた瞬間、自分が入れたコメントの上に、愛の入れたコメントが表示された。


 『直人さん……もう寝ちゃったかな?今日は朝早くからだったからお疲れだったでしょうね。ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい』


 書き込みの時間を見ると、0時を過ぎた頃だった。


 ん?と、漠然とした不安がこみあげてきた直人は、書き込んだコメントを消し、書き直した。


 『そうだね、M先生とは本当に仲良くしてもらっているんだ。奥さんもいい人でね、長く付き合っていきたいと思ってるよ。お肉にかぶりついているなんて、言われてみたら子供みたいだね(笑)このお肉、とても美味しかったんだよ。いつか一緒にかぶりつけるといいね(笑)書き込む時間が空いちゃってごめんね。だいぶ疲れていたみたいだよ。また明日……もう今夜だね、夜にまた来るね。おやすみなさい』


 愛が消えてしまうのではないかと、そんな不安がこみあげてきた。いつも必ずお互いがそこにいて交わした『おやすみなさい』の言葉が一方通行になったこの夜、そこに愛の姿を見つけられず、直人は途方に暮れた。

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