第113話目 交流82

 その夜、直人がゲストページに載せてくれた写真を目にして、愛美は目を見開き愕然とした。


「えっ、坂本先生?……えっ、……坂本さん?えっ?どういうこと?坂本先生がリングさん?坂本さんがケンさん?えっ?ど、どういうこと?坂本先生に坂本さんって、まさか夫婦?でも坂本先生は新採だからまだ大学卒業したくらいだろうし、もしかしたら兄妹かな?それとも偶然苗字が同じ人?……で、AIさんは、この人……」


 愛美の頭の中は大混乱で、いろんなことが頭を駆け巡り、その答えを探していた。そして一つの光景が頭に浮かんだ。


 そうだ、写真展……坂本さんに会った。坂本さんは確か図書館でも貼り出すためって言ってたような気がするが、NAOの写真が入賞した坂本美和の写真を見に来てたとしたら……あれから図書館で市役所に貼り出されてた写真を目にしてもいない。


 直人さんは、新しく入った仲間たちだと言っていた。坂本美和を誘い、教員仲間のルイも誘い、どういういきさつか坂本さんを誘った。坂本美和が図書館の坂本さんと何か関係がある間柄だったら、こういう光景になるのだろう。


 愛美は直人への返事を慎重に書き込まねばと心した。直人は坂本美和を誘ったことを愛に教えていない。そして愛美が知る図書館の坂本さんがケンさんなんだということを愛が知ったことも直人は知らない。愛は何もかも知らない風に直人に返事を書かなければならないのだ。


 『直人さん、おかえり。今日は水族館と飲み会と、新しい仲間たちと楽しい時間を過ごしてきたんだね、よかったね。写真、見せてくれてありがとう。これがAIさんね(笑)それと、ルイさん、リングさん、モモさん、ケンさん……そしてNAOさん。みなさん、こんな素顔だったんだね。ね、NAOさん、気付いてる?私、直人さんの素顔、はじめて見せてもらったんだよ。直人さん、こんな顔してたんだね(笑)優しそうで、柔らかそうな表情。あのね、私、NAOさんのメイク顔にペイントで顔を肌色にしちゃったことがあったんだ……直人さんの素顔はこんなかな?と想像してたんだけど、想像してたよりずっと、人間らしい(笑)直人さん、私のこと信頼してくれて、こんな写真まで見せてくれてありがとう。その気持ちがとっても嬉しい』


 AIさんのことには多く触れずにいた。愛美がハンドルネームに使ったAIと同じクラウンネームにしたAIに対して嫉妬の気持ちが湧いていたが、この写真を見てその気持ちはあっけなく消え去った。それよりも、Sこと坂本美和を誘ったことの方が気になっていたのだ。クリニクラウンのときに写真を頼んだ坂本美和。そしてクラウンに誘った坂本美和。そのことを教えてくれなかった直人。坂本美和のことをただの同僚だと言っていた。だったらなぜクラウンをやることになったと教えてくれなかったのだろう?それが少し悲しい。


 『はははっ、人間らしい?愛さん、面白いこと言うね(笑)そうだよ、直人はちゃんと人間だよ。……そうだね、ちゃんと自分の素顔を愛さんに見せたのは初めてだね。みんなと一緒に写る写真で、どさくさに紛れさせて……はじめまして……だよ。本当はね、ドキドキしてたんだ。もし、愛さんの好みの顔じゃなかったらどうしよう……なんてね(笑)あのね、それでね、どうかな?って、そんなこと聞くもんじゃないか(笑)』


「真崎先生だ」


 愛美はそう呟いた。わかっていたけれど、真崎先生だった。どうもこうもない、その素顔はとっくに知っていたし、顔がどうとか……そんなこと、もうとっくに超えた先に好きがある。


 こんなふうに、私がどう思うのかが不安になっている真崎先生が愛おしく思う。相手は先生だ。いい大人だ。でも、恋する男の人って、こんな感じなんだな。男も女も年齢も、恋したらみんな不安は同じなんだな。


 『直人さん。大好きだよ。顔……素敵だよ。人を顔で選ぶなんてことはしないよ。でも、表情とか顔つきとか、そういうところから内面って見えたりするのかなと思うことがある。直人さんの優しそうな、柔らかそうな表情は、見て安心したかも。直人さんの顔、もうちゃんと覚えたよ。毎日毎晩、何度も直人さんの顔を思い浮かべるし、こうして言葉を書きながらも直人さんの顔を心で見ているよ』


……だって、その顔、ずっと前から知ってたんだから。いつも、そうしてたんだから。


 『愛さん。大好きだよ。今日ね、すごく楽しかったんだ。楽しくて楽しくて、何度も愛さんのことを思ったんだよ。おかしいね、楽しいのに愛さんのことばかり考える。楽しいから余計に愛さんのことを考えていたのかもしれない。楽しいのに悲しいのは、それが永遠じゃないと知っているからかもしれない。いつか、愛さんが自分の小指にあなたの小指で触れてくれる、そんな日が訪れたら、手離さなくて済む永遠を手に入れることが出来るのかな……』


 苦しい。


 真崎先生、どうしたらいい?私は、どうしたらいい?


 私の小指を先生の小指に触れたら、答えが見つけられるかな?……見つからないか。それをしたら、それをした時から、永遠は永遠じゃなくなる。どんなに直人の心を自分に向けたところで、私は愛にはなれない。


 苦しい。


 苦しい。


 愛になりたい。

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