第112話目 交流81 MASATO

「水族館どうでした?」


「楽しかったですよ。イルカのショーなんか見たの、いつ以来だったかな。なんか童心に帰れた気分になれてよかったです。自分、サーフィンやるんですけど、さすがにサーフィン中に海の生き物を目にすることなんてないので、逆に新鮮でした。モモさんもAIさんも、今日はご一緒できなくて残念でした。またみんなで行けるといいですね」


 2泊3日の研修のあとの木曜は、就業後から参加になった浦中和世と竹花愛子の職場の最寄り駅が同じだったため、その近くの居酒屋に予約し、その時間に合わせて帰宅しやすいように近場の水族館に行くことになった。


 昼間は4人で楽しんだあと居酒屋に着くと、すでに2人は来ており、乾杯をしたあとに行ってきたばかりの水族館の話題で盛り上がった。


「NAOさん、サーフィンやるんですか?」


 モモもAIも直人をクラウン名で呼ぶ。研修中、クラウン名の発表後は研修中は互いをクラウン名で呼ぶことになっており、美和や瑠衣、拓也のように互いの本名を先に知っていた我々も、そうでない竹花愛子たちと一緒の場では、互いをクラウン名で呼ぼうということになっていた。そして直人にサーフィンの話題を引き継いだモモこと浦中和世は、実家がmomoというパン屋をやっているそうだ。


「はい。サーフィンは趣味で時々ですけど、早朝に海に行ってたりします」


「早朝なんですか?」


「そうですね、早い時間だと他のサーファーも少ないですから、まだそこまで上手くない自分には人目も気にしなくていいんです。それと、空が明け始める頃に海に入り、海の中から朝日が昇るのを見るのは最高の気分になれますよ。今年の元日の写真ですけど、見ます?」


 竹花愛子に早朝かと聞かれ、つい余分なことまで喋っていた。元日に海の中から日の出を拝んだ話は、愛さんにはしていない。竹花愛子が愛さんだとしたら、なぜ教えてくれなかったんだと思われないか……


「見たい見たい、見たいです!」


「うんとね、はい」


スマホの中から海の中にいる自分が登り始めた朝日を背にしている写真を開いた。それも、ちょっとカッコつけてサーフボードの上に立つ自分だ。


「わぁ……素敵。NAOさん、こんな素敵な時間を過ごしているんですね。しかもこれ、初日の出ってことですもんね。なんだかすっごい特別感がありますね。いいなぁ……こんな時間の過ごし方ができるって、NAOさん素敵すぎます」


「素敵すぎるNAOさん、わたしにも見せてくださいよ」


そう言ってAIさんからスマホを受け取ったのはケンこと拓也だ。


「本当だ。これはいいですね。サーフィンかぁ……考えたことなかったな」


「ケンさん、ご一緒します?」


「う~ん、考えてみます。……とは口だけになりそうです。朝早くって、厳しいかな」


「お兄ちゃん、寝る時間大事にしてるもんね」


美和ことリングのその言葉で笑いが湧き、その場がより和やかになった。


 直人のスマホがそれぞれの手に渡り写真を見たあと、「あっ、そうだ」と、画面を指で操作し、もう一枚の写真を開いた。そしてそれをAIに見せた。


「これはいつも一緒に行く職場の増本さんと写したものなんですけど、これもお気に入りです」


それは海辺に上がり、立てた2つのサーフボードの間に朝日が挟まり、その両側に直人と増本が立つ一枚で、元日の朝、増本の妻に撮ってもらったものだ。


「わぁ、これもすっごいいい写真ですね。NAOさん、なかなかセンスありますね。こんな写真撮っちゃうなんて、なんだか羨ましいです。サーフィンやって、こうしてクラウンもやって、クリニクラウンもやって、実行委員にまでなって……なんか、人生楽しんでるなって感じ。私なんて休みはほとんど家でダラダラなんです。そういう自分もどうかと思って、クラウンに参加してみることにしたんです」


「お褒めにあずかって光栄です。今度……と言っても我々が夏休み中のことなんですけど、朝、サーフィンやったあとにバーベキューやろうって話があるんですけど、AIさん、もしよかったら参加しませんか?」


 その場にいた他の4人が直人のスマホを見ながら、美和も知る一緒に写る増本の話題で盛り上がっている隙を狙った感はあったが、AIを誘ってみた。位置的に4人に背を向ける形でAIにそう言えた。AIが横に座っていてよかった。誰にも気づかれていないだろう。


「いいんですか?」「もちろん」


その場でそんな会話をした。


「AIさん、モモさん、みんなでライン交換しませんか?と、わたしは立場上資料を見ることが出来るので、知ろうと思えば知ることもできるのですが、それはやはり勝手は出来ないので、もしよかったらまたこうして集まれたらって思って……まあ、我々4人はもう互いのライン交換も済ませているのですが」


「いいですね、ここで1つグループライン作っておくのもいいですね。それでまたメンバー増やして行くのもいいですし」


 モモの言葉でAIのラインも自然に入手できた。


 帰り際、AIだけにわかるように、『連絡しますね』と、スマホを軽く持ち上げる仕草をした。



 楽しい1日だった。思いがけず愛さんかもしれない竹花愛子をバーベキューにも誘うことが出来たし、愛さんかもしれない竹花愛子のラインもゲットした。


 直人は飲み会の帰り際に6人で撮った写真の竹花愛子とその横に上手いこと行くことが出来た自分との2人だけを大きくして画面に映し出し、パソコンに今日の写真を撮り込んだ。愛に見せようと思ったのだ。竹花愛子が愛さんだとしたら、今日の写真も見たいだろう。もし違ったら……違ったら違ったでも、愛さんには見せたい。愛さんには自分の何でも知って欲しい。


 直人はデジタル内で社会的には禁止されていることを破ろうとしていた。それほどまで愛を信頼していた。


 『愛さん、ただいま。今日はね、水族館と飲み会で楽しい1日を過ごすことが出来たんだ。水族館での一枚と、夜の飲み会での一枚を載せるね。水族館のほうは、左からNAO、ケン、ルイ、リングだよ。飲み会の方は前列左からケン、モモ、ルイ、後ろは左からNAO、AI、リングだよ。飲み会から参加したのはAIさんとモモさんね。AIさんを誘ったのはルイさんで、研修で仲良くなったんだ。因みにルイさんは教員仲間だよ』


 AIを誘ったのはルイとリングだが、ここでは敢えてリングの名は出さなかった。リングであるSさんをクラウンに誘ったことを愛は知らないし、わざわざリングがSさんだと愛に話す必要もないと思ったからだ。同じ職場であるSこと坂本美和が一緒に行動することで、またヤキモチのような気持ちを抱かせるのも可哀想に思ったからだ。愛を不安な気持ちにさせたくない。それだけだった。

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