第111話目 ブロガー12

 研修の帰り道、来週の木曜日にどこに行こうかという話題で車の中は盛り上がっていた。拓也は盆休み休暇中の2泊3日の研修を終えた翌日は仕事だが、教員である美和、瑠衣は明日も有休消化で休みだという。それは真崎直人も同じようだ。教員は生徒が学校に来る平日には、ほぼ有給休暇を取ることがなく、こうした生徒も休みの期間に、消化のためにまとめて取る教員が多いようだ。


 そんな教員組は拓也が休みになる木曜日に平日だからと一緒に遊びに出かける予定を立てていた。研修お疲れ様会というやつだ。


 拓也たちのように知り合い仲間で参加した者たちは、研修中は部屋も別々で、食事当番も部屋割りと同じで知り合いとは組まないようになっていたため、研修後はまず元々のグループで飲み会の話などが出ていた。拓也たちも4人で飲もうという話から、木曜休みの拓也に合わせてみんなで遊びに出かけようという話になったのだ。


「思ったんだけどさ、私たちはこうして知り合いグループでお疲れさん会や飲み会をやったりするけど、一人で参加した方たちは、こういうのないでしょ?全員に声をかける全体のお疲れ様会はフェスタ後だって話だし、家庭持ちさんたちは気軽に誘えないけど、竹花さんや浦中さんなんかには声をかけてみない?年も近いみたいだし」


「瑠衣、それいいアイデア。そうだね、竹花さんとは瑠衣と話盛り上がってたし、浦中さんは私も部屋で一緒でかなりお喋りしてたから、このまま友人になれたらいいなと思ってたし……浦中さんとはライン交換もしたんだよね。竹花さんとは?連絡取れる?真崎先生に聞いてもらう?実行委員の事務なら連絡先わかるだろうし」



「あっ、竹花さんとは私がライン交換してるから連絡するよ。2人とも平日で仕事かもしれないけど、夜の飲み会だけでも来てもらえるといいね」


「瑠衣さん、竹花さんを誘っていいんですか?」


「お兄ちゃん、なに、その、なんか意味深な反応……」


「え?拓也さん、なんか誤解があります?竹花さん誘った方が拓也さんも嬉しいかなと思ったんですけど」


「ど、どういう流れですか……」


「お兄ちゃん、気付いてないの?竹花さんのことよく目が追ってたよ」


 嘘だろ。そういうつもりで目が追ってたわけじゃないのに、美和も瑠衣も俺が竹花さんを意識してると思ってたのか。


 拓也はおかしな誤解を受けたもんだと思ったが、いやまてよ、動機はどうであれ竹花愛子を誘い真崎直人と仲良くなってもらう本来の目的に近づくのであれば、これはこれでありだなと、適当に相槌ことにしておいた。


「まあ、あれだ、目が追ったというか、可愛い人がいるなと思っただけだよ。それに瑠衣さんも綺麗な人だなと思っていますよ」


「なにそれ、付け足しみたいにそんなこと言って、瑠衣に失礼でしょ」


「はははっ、いいよいいよ、兄妹で恋バナなんて照れますよね」


「瑠衣さん、すみません。こいつおかしな誤解しているみたいで。っていうか、瑠衣さんも誤解ですからね。……と、私も変な誤解してますか」


 拓也はそう言って、瑠衣に対する言葉も言うべきではなかったと反省したが、拓也が見る限り、瑠衣は真崎直人を意識しているように見えた。ならば竹花愛子など誘わない方が瑠衣のためではないのか。


「もしかして、真崎さんのこと言ってます?」


「いや、まあ、なんとなく感じる部分があるというか……」


「これからクラウンの活動をやっていくのに、みんなで楽しくやれたらいいなと思っています。心の中のことはとりあえず置いておこうと思います。それと、ホント誤解していますよ。真崎さんのこと素敵な人だなって思いますよ。拓也さんと同じくらいに」


 え?ドストレートだな。


 顔が物語ったようで、瑠衣はすぐに言葉を付け足した。


「クラウンとしての活動とか、クリニクラウンの活動とか、周りを楽しませようとする気持ちとか、図書館で紙芝居をやって子どもたちを楽しませるとかね、ほら、共通する部分があるでしょ?そうして人のために何かできる人って、素敵だなって思うっていうことです」


「なるほどね、じゃあ瑠衣さんも素敵の仲間入りですね。今週末、紙芝居の読み聞かせに来てくれるんですよね?時間があったら私も聞かせてもらおうと思ってますんで」


「わぁお、緊張するぅ……」


綺麗な顔して、こんなふうにおちゃらけたりドストレートに言葉を紡げる瑠衣さんのほうが、その何倍も何十倍も素敵な人ですよ。


 拓也はその言葉を声に出さずに、心で瑠衣に投げかけた。



 その日、部屋に入るなり真っ先にブログを開いた。一昨日AI《マナ》のゲストページに投稿したところに返事が入っているかもしれないと思ったからだ。だが、何の言葉も書かれていない。そのゲストページには新たな書き込みを知らせるNEWの文字が点灯し、書き込みの知らせをしていた。AI《マナ》がMASATOの書き込みに返事をしていいるのだろうか?それともMASATOが何か書き込みを入れたのだろうか?この2日間、夜になるとブログを開きAI《マナ》のページをチェックしていた拓也は、昨夜はそのNEWの知らせがなかったことも知っていたし、それから自分が帰宅して開くまでの間に書き込みがされたことも気付いていた。この3日間、AI《マナ》は記事の更新もしておらず、前に書かれた記事へのコメントも新しいものはない。やはり新たな書き込みはゲストページへだろう。


 マナ、今日中にマナと言葉が交わしたいんだ。自分が体験したこの3日間の話をすることはできない。MASATOに会った話もできない。では何の話をしたいのだ?いや、何の話でもいい。いつものように今マナが読んでいる、樫の木坂の家の読書話でもいい。自分もそれを読む予定なんだと伝えるだけでいい。なんでもいい。AI《マナ》がここにいてタクシーと言葉を交わす。今、無性にAI《マナ》に会いたい。


 AIさん……マナ、マナの言葉を僕にくれないか。楽しかったんだ。この3日間はとても充実して楽しいものだった。だから、このままいい1日で終えたいんだ。嫉妬も寂しさも悲しい気持ちも、そんなものは今夜は感じたくない。


「マナ」


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