第110話目 交流80

 感情的になっていることは十分承知の上だった。でも、直人の言葉からAIというクラウンがいること、あいうえおのあいで、AI《えーあい》のAI《あい》だということを聞き、驚いた。それは愛美がブログでMASATOに言ったことと全く同じじゃないか。だからNAOはそれが私かもしれないと思ったと、それを聞いただけで愛美の中で何かが弾け飛んだ。直人をAIに取られる……と。


 『愛さん。そんな心配はいらないよ。そんなふうにヤキモチ妬いてくれて、逆に嬉しいくらいだよ。愛さんの気持ちが自分にあるって、直人は実感できたからね。こんな嬉しいことはないよ。名前が同じとか、考え方が同じだったとか、そんなこと聞かせなくてもよかったね。ごめんね。でもね、愛さんに隠し事を一つもしたくないって思っているんだ。だから自分が見聞きしたことも愛さんに知って欲しかったんだよ。それにね、愛さんかもしれないって思ったっていうのは、自分の心の根っこにいるのが愛さんだからこそ……なんだよ』


 『直人さん、ごめんなさい。なんかすごく感情的になっているようです。私がいないところで私が知らない人を私かもと思い込む直人さん……その人に取られちゃうんじゃないかと思って、すごく怖くなって、胸がね、ずっとドキドキして止まらなくて……せっかく研修の話を楽しくしていたところだったのに、ごめんなさい。新しいクラウンさんたち、メイクで笑顔を作っているのもわかるけど、素顔でもみなさんすっごい笑顔なことが伝わってきて、いい写真がいっぱいだね。NAOさんのメイクも……ちょっと変えた?』


 感情的なままで、めんどくさい女だと思われたら嫌だと思い、話を違う方向へ向けなければと、愛美は写真を見てすぐに気付いていたNAOのメイクの変化に触れた。


 『あっ、やっぱり気づいてくれたんだね。そうなんだ、目の周りのメイクをちょっと変えたんだ。実は去年ね、目の周りの青が強かったからか、子どもに泣かれたことがあったんだよ。その時に、「悪魔みたい」って言われちゃって。だからね、目の周りを優し気に見えるようにね(笑)NAOも日々変化しているのですよ(笑)今回の新人さんたちも、メイクの仕方という勉強をしてのメイクだから、変えてくるクラウンもいると思うんだ。当日にはその辺も気にして見てくれると楽しめると思うよ』


 そうか。メイクはどうとでも変化していけるんだ。子どもに泣かれたから優し気にっていう直人さん。やっぱりいい人なんだな。俺はこのメイクなんだ!という自己顕示の気持ちではなく、相手のことを考えてということを自然とやれる。そんな人だからこんなにも惹かれてしまうのだろう。


 『泣かれちゃったことがあるんだね。クリニクラウンもやるとなると、メイクがどんなかは重要だもんね(笑)確かに今度のメイクは顔全体が優し気に見えるね。そんなメイクもさ、毎年顔を見てくれるお客さんが気付いてくれるといいのにね。クラウンフェスタも楽しみに来てくれるお客さんも多いんでしょ?』


 『うんうん、そうなんだ。毎年のように会いに来てくれる人もいるんだ。こっちはもちろん大勢の人が見てくれているから、知り合いでもないと気付けないんだけど、「今年も会えてよかった」とかね、そう声をかけてくれる人がいてね、ああ、毎年来てくれてるんだって思って、顔を覚えたりもするよ(笑)あとはね、職場の人なんかは来てくれたりするから気付いてもらえるといいんだけど、さすがにメイクの違いまで気付く人はいないかも。愛さんが気付いてくれてよかったよ(笑)』


 毎年来てくれる人がいるのか。クラウンにもファンがいるのかもしれない。それぞれがやる芸も見ものなのかもしれないな。AIはどんなことをやるんだろう?涙のルイさんやジョーカーさんは名の如くトランプかな。そんなことも聞いてみよう。直人さんに楽しく話して欲しい。


 『クラウンさん……他にどんな名前のクラウンさんがいるの?芸とか……研修ではそういうのも習ったんでしょ?なんかさ、ジャス君みたいなジャグリングとか多そうなイメージなんだけど』


 『そうだね、それこそAIさんはお手玉くらいしかできないって言ってて、そうなるとジャグリングみたいな感じになるかもしれないね。あとね、あやとり得意なアーヤさん、けん玉得意なケンさん、コマ回しが得意なサブちゃん、回すといえば皿回しができるジブタンってクラウンさんはね、両手でできちゃうんだよ。これは見ものだと思う。あとはリングさんっていうクラウンさんは何もできないってことで、NAOと同じバルーンアートを教えようと思う。1年目は基本的なやつだけできるようにしたいって。料理好きなマリモさんは軽くて小さめのフライパン持って歩くんだって。そのフライパンで卓球のラケットみたいに使ってジャグリングみたいなこと考えているみたいだよ。学生時代に体操選手だったピーター君は、逆立ちした時にも立っているように見えるような姿にするって言ってたからどんな感じになるのかNAOも楽しみではあるんだ。いろんなクラウンが仲間になって、NAOはウキウキ気分で帰ってきたよ(笑)』


 逆立ちしているときにも立っているように見える?


 その姿を想像して、愛美はクスリと笑みがこぼれた。直人は愛美が読んで楽しいように書いてくれているんだろうと思ったし、街の中で見かけた時に誰なのかわかるようにしてくれているようにも思えた。クラウンフェスタ楽しみだ。


 『いろんなクラウンさんが仲間入りしたんだね。クラウンフェスタが楽しみだし、いろんなクラウンさんに会いたいからフェスタ中は毎日行っちゃおうかな(笑)でもさ、県外からもたくさんのクラウンさんが集まるんでしょ?お客さんたちには誰がどこから来ているのかわからないでしょ?NAOさんはいつどの辺りにいるのか教えてくれるって言ってたけど……あっ、じゃあさ、街で見かけて気になったクラウンさんはチェックしてみるから、あとでどんなクラウンさんか教えてね』


 『おっと、そうきましたか(笑)県外からのクラウンさんはね、名前や出没する場所は名簿があるから把握しているけど、なんにしても規模がそれなりに大きいから、全員を把握できるかわからないよ。今まで参加してたクラウンさんは顔見知りにもなってる人は多いけどね。愛さんの希望に添えるように、NAOも直人もたくさんのクラウンたちと知り合いになっておくね(笑)それとね、チェックといえばね、クラウンの人気投票みたいなこともやるんだよ。5~6人のクラウンで動くんだけど、それぞれの場所で芸をするんだ。その時にその場所ごとで投票用紙を配っていて、そこで目に留まったクラウンさんの名前を書いて投票するんだ。だから愛さん、たくさん回って見かけた場所ごとで投票してもらえると有難いな。もちろんNAOを書いてくれてもいいけど、いろんなクランがいるからその場所ごとに気に入ったクラウンを書くといいよ。項目も一つじゃないからね。芸が面白かったクラウンとか、衣装が気に入ったクラウンとか、楽しませてくれたクラウンとかね、いくつか項目があるよ。楽しみでしょ?』


 『えっ、投票なんかもやってるの?それはすっごい楽しみだね。NAOさん、今まで何かで1位とか、取れたことある?そっかぁ、人気投票……もちろんNAOさんって書いちゃう。でもそうだな、項目がいっぱいあるならいろんな項目にNAOさんって書いちゃおうかな。わぁ、楽しみ楽しみ、すっごい楽しみだよ。しっかり沢山のクラウンさんに会ってこないとだね』


 『はははっ、そうだよ。沢山のクラウンに会って、めいっぱい楽しんできてよ。あっ、それからね、NAOの名前をいろんな項目に書いちゃったらどの項目もNAOが上位に入れないかもしれないよ。どこでも同じ項目に票が入るほうがいいんだから。それからその場所ごとの投票では、項目に同じクラウンを書くことはできないんだ。1つの項目に一人のクラウン名だけを書くっていう仕組みさ。それと、NAOは残念ながら1位を取れたことはないんだ。最高で2位さ。楽しませてくれたクラウンっていう項目でね。芸はさ、やっぱバルーンアートよりもジャグリングとか見栄えがするものが上位に来るね。そんなわけで、毎年みなさんを楽しませることに心血を注ぐようにしているのさ。愛さん、NAOを見つけたらNAOに投票お願いします。それから……よかったら、小指をあなたの小指で……待っているね、愛さんを』


 愛美は必死に直人の心が自分に向くように仕向けているのに、そうなったらなったでどうにもできない現実を突き付けられ、直人の気持ちに応えられないのに、応えられないままでいることに罪悪感を抱え、それでも直人を離したくないという思いで、自分でももうどうしていいのかわからなくなっていた。


 自分は生徒の寺井愛美だと言おうか。


 いや、だめだ。やはりそれはできない。直人は生徒は生徒でしかないといつも言っている。愛が生徒だと知った途端、ここからいなくなるだろう。そして二度と戻っては来ないだろう。それは物理的なことだけでなく、その心も。



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