第109話目 交流79 MASATO

 研修を終え、直人は帰宅した夜に愛のブログのゲストページを開くと、どう書き始めようかしばらく悩んでいた。合宿初日の夜、自分が書き込んだその日の様子とおやすみなさいの言葉に返事はなく、そこに返事が入ったのは合宿2日目の夜遅い時間だった。家族でアウトレットに泊り掛けでいくと言っていたので、初日に書き込みがないことには何の不思議もない。だが、本当に旅行だったのだろうか?


 今回の研修が終わった夕方まで一緒だった竹花愛子を思い浮かべ、彼女が愛ならば、初日に書き込みがないことも頷ける。2日目の夜には、いかにも旅行から帰ってきた体で、自分の書き込みに返事を入れることも可能ではないか。


 直人はこの愛の書き込みだけでは、竹花愛子が愛だという確信が持てず、さてどう書いたものかと思案していた。が、ここは愛はアウトレットに行くと言っていたので、その体で話をしなければ……


 『愛さん、ただいま帰りました。疲れたぁ(笑)2泊3日楽しかったけど、やっぱ疲れるね。まだそこまでよく知らない人たちと3日間一緒だったし、前に参加した時は新人でクラウンになるために参加したからね。ただ楽しいやらワクワクやらだったけど、今度は実行委員の立場だから、そう思って見ていると、自分もこんな感じだったのかなって、なんか新鮮な感じがしたよ(笑)新しく入ったクラウンたちとの集合写真があるから見せるね。それと、みんなのメイクの様子も少し載せるから見てね。愛さんはアウトレット旅行は楽しかった?何か買ったのかなぁ……と、一応聞いてみる(笑)』


 これでいい。


 直人はクラウンフェスタのHPに載せるために撮った写真の中から、集合写真とメイクの様子をなるべく大勢が見えるように数枚選んで愛のゲストページに届けた。そこにはAIこと竹花愛子のメイク姿も大きめに写る写真も載せた。竹花愛子が写る写真は、明らかに他より多く、その中でも一番メイクがわかり、特に笑顔で楽しそうな顔になっているものを選んだ。もし愛が竹花愛子だとしたら、その写真はきっと喜ぶだろう。


 『直人さん、おかえり。新人研修お疲れ様でした。今回は主催者側での参加ですもんね、さぞお疲れのことと思います。今夜は早く休んでくださいね。それと、写真を見せてくれてありがとう。新しいお仲間さんたち、すっごい楽しそうだし、メイクも直人さんが言ってたみたいにみんな違って、見ていて楽しいです。涙の中に顔のある人、面白いね。泣いているんじゃない涙はなんだか不思議な感じ(笑)あと、そのキザっぽい感じかな?なんだかカッコつけてるみたいなメイクが逆にクラウンぽいみたいで面白いね。それと、そのほっぺにAとPと、I、Tのローマ字が描いてあるクラウンさんも……なんだか不思議。どんな意図でローマ字なんだろう?そういえばクラウンごとにコンセプトがあるって言ってたね。それから、アウトレットではね、お財布とバックと、えっと……聞きたい?あのね、下着を買っちゃった。ちょっとお洒落なやつ(笑)』


 し、下着……それは、見せて欲しいとは言えないな。いやまて、見たいと言われても見せなくて済むように下着だなんて言っているのではないか?いやまて、財布とバックとも書いているじゃないか。直人、落ち着け!動揺し過ぎだぞ。


 愛の口から下着という言葉が出ただけで狼狽うろたえる自分が自分で可笑しかったが、愛は、アウトレットに行った愛は、やはり竹花愛子ではないのか……だが、もし買った財布やバックを見せて欲しいと言ったら、愛は見せてくれるだろう。ただ、それをどこで買ったのか自分にはわからないのだから、見せられる準備はしているのかもしれない。


 いや、だからなぜ愛を疑う。愛はアウトレットに行ったと言っているだろう。


 直人は何が本当なのかの迷路に入り込んだように、愛の言葉を待っすぐに受け止められていない自分を感じ、途方に暮れた。だから言ったじゃないか。愛の言葉を信じようと。愛の言う言葉だけを信じていれば、それでいいじゃないか。愛が竹花愛子だとしても、それをすぐに言い出せないのなら待てばいいだけだ。自分はそう、姑息な言い回しのようなことをしないで、真崎直人として思ったこと、見てきたこと、知ったこと、そうしたことをただ愛に伝えればいい。それだけだ。


 『愛さん、涙の中の顔のクラウンさんはね、ルイさんっていうんだ。クラウンフェスタでは名札をつけているから見つけたら名前を呼んであげてね。それとキザなクラウンは、ジョーカーだよ。キザっていうか、ジョーカーっぽくしているらしいよ(笑)それとね、驚くことを言わなきゃならないんだけど、アルファベットを描いてるクラウンは、AI《あい》さんなんだよ。ね、驚いたでしょ?愛さんと同じようなこと言ってたんだ。覚えやすいように、あいうえおのあいで、仕事でパソコン使うらしくてね、それでAI《えーあい》とも受け取れるAIなんだって(笑)NAOはね、それを聞いて、この人もしかして愛さん?なんて思ったほどだよ(笑)』


 うん。これでいい。自然な形でAIという名のクラウンがいることが伝わっただろう。愛さんが竹花愛子なら、言わないままでいたら変だし、もし愛さんが竹花愛子じゃなかった場合、どこかでそれを知った時にどう思うか。それを考えるとそれは何かよくないことのきっかけになるかもしれないのだ。よくないこととは、愛さんが邪推して自分から離れていくことなのだが。


 『えっ?AIというクラウンさん?あいうえおのあい?そんなクラウンさんがいるんだ……しかもNAOさんはそれが私かもしれないって思ったの?もしかしたら……その人、直人さんの……なんていうか、好みの感じの人だったりするの?可愛い人?美人さん?って、こんなこと聞いちゃうなんて、変だね。ヤキモチ妬いてることバレバレだもんね。でも……直人さん、嫌だよ。そのAIさんと……その人のこと好きになったら嫌だ。だって、直人さんは、直人さんは……』


 『直人さんは……?』


 『直人さんは、私を好きじゃないと嫌だ。私だけを好きでいてくれないと嫌だ。他の人を好きになったら嫌だ。他のひとのことなんか、考えたら嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。直人さんは私だけの直人さんでいてくれなきゃ嫌だ』


 真正面から心を撃ち抜かれた。



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