第108話目 ブロガー11
研修が始まって、MASATOこと真崎直人をよく観察していたので、その視線の動きにはすぐに気付いた。
真崎直人は一人の女性によく視線を送っているし、確実に意識していることに気付いた。自己紹介でその女性の名が竹花愛子だと知り、なるほどと合点がいった。真崎直人は竹花愛子をAIさんだと思い込んでいるのではないか。上手いこと「愛」がつく名の人がこのタイミングで現れたものだと、拓也はこれがどうこれからの真崎直人に影響してくるのか楽しみでもあった。なんなら真崎直人に竹花愛子をAIだと思い込んで、2人が接近してしまえばいいと思っていた。この2人が現実に交際するなんてことになった場合、MASATOはブログとも距離を置くのではないか。
そしてその状況を観察していたので、どうやら美和の友人の中山瑠衣も真崎直人を意識していることにも気づいた。だがそれは面白くない。瑠衣は図書館ボランティアに入ることになり、すでに何度か図書館に足を運んでおり、その都度拓也と言葉を交わすようになり、愛美への気持ちは今までと同じようにあるが、瑠衣との自然なやり取りの中で、その明るさや人懐こさ、美和の兄だからというつもりかもしれないが、親し気にしてくる瑠衣に対しても、拓也は好意的な気持ちが増してきていた。なんなら、自分になびくかどうかもわからない愛美より、瑠衣とという気持ちが時折頭をもたげるほどになっていた。
「拓也さん、クラウン名は決まりましたか?」
研修2日目にクラウンメイクを学んで、各々、いざメイクをというときになり、メイクも自分なりにクラウン名に合ったものをという話の流れで、真崎直人にそう聞かれた。
「それ、ワークショップに出席した時からずっと考えていたんですけど、自分、けん玉が得意だし、ケンとか、どうかなと思ってるんですけど。けん玉得意なケンちゃんで」
「なるほど、いいかもしれませんね。クラウンの中にはトランプの手品が得意なトランプ君っていう人もいますしね」
「美和さんも決まりましたか?」
「私はリングにしようかと思ってるんです。美和の和の字をもじって、輪っかの輪を英語表示で……ちょっとベタですかね」
美和は自分でそう言って照れ笑いをしている。
「リングって、なんか怖い映画のタイトルでもあったし、いいの?」
瑠衣の心配はごもっともだ。
「そうなんだけど、だから逆に印象に残りそうじゃない」
そんな美和の話からそれぞれが自分のクラウン名を口にし出しはじめた。瑠衣は自分の名前をそのままで、名札にはカタカナで「ルイ」表示にするという。
「竹花さんは決まりましたか?」
真崎直人は絶対にそう聞きたいはずだと思い、先回りして竹花愛子に声をかけた。
「私は、うーん……悩んだんです。名前に絡めてラブとかラブリーとか、でもなんかそんな名前にしちゃうのも、却っていかにも女の子感を強調しちゃうかなと思うし、瑠衣さんみたいにいっそ自分の名前を使おうかなと思って、名札にはカタカナ表記で「アイ」とか、それかローマ字表記で「AI」でもいいかなと思っています。あいうえおのあいだし、覚えてもらいやすそうですよね」
おっと、そうきましたか。思いがけず寺井愛美がブログで使うAIと同じ表記が出たことで、真崎直人はさらに竹花愛子がAIではないかと思うのではないか。竹花愛子に対してより強く意識していくのではないかと思い、真崎直人に目をやり心の中でほくそ笑んだ。
「いいですね、あいうえおのあいで、カタカナでもローマ字でも、どちらでも覚えやすいですし、ローマ字でAIというのも、AIという言葉はよく耳にするようになっているので、逆に面白いかもしれませんね」
「ですよね。そういうところからも観客の目を引きそうだし、覚えてもらえますもんね」
「それに、覚えてもらえば投票もし易いでしょうね」
クラウンフェスタではクラウンの人気投票とやらもあるらしい。面白いクラウンとか、クラウンの衣装で気に入ったものだとか、そんな項目があるようだ。そういうところに投票してもらうにも、クラウン名は重要になってくる。覚えやすいのはそれだけで得になるだろう。
「ですよね。アイがいいか、AIがいいか、悩みます。真崎さんは、ローマ字でNAOでしたよね。それは名前の直人さんからですよね?」
お、これはいいぞ。竹花愛子の方から真崎直人のクラウン名について話を振った。それはたぶん、真崎直人が自分の名前の直人からNAOにしたんだろうし、竹花愛子が自分をカタカナで表記するかローマ字で表記するか、NAOを参考にしようと思っているのだろう。その様子を拓也は面白く眺めた。
「そうですね、自分も名前が直人なのでNAOにしたんですが、やはりカタカナにするかローマ字にするか悩みました。一応クラウンの衣装を決めるときに、保安官にしようと思ったので、それでローマ字に決めたんです。竹花さんは、衣装はどうする予定ですか?」
「なるほど、衣装に合わせるというのも考えないといけませんね。私、仕事でパソコン入力とかしたりするので、ちょっとそういう機械的な感じもいいかなと思っているんですよね。衣装にパソコンの絵柄をつけるのもありかなとか……」
「パソコンですか。じゃあローマ字表記でAIがいいかもしれませんね」
とは瑠衣だ。ナイスアシスト。
「私、ルイだし、ルイついでに涙を模したメイクにしちゃおうかなって思っているんです。でもそれだと悲しそうな印象になっちゃうかな……」
「涙の中に可愛いマークつけちゃうとかどうですか?大きめ涙にして」
「竹花さん、その考えナイスですね。それ、面白いかも」
瑠衣が竹花愛子と盛り上がっている様子を耳に心地よく聞きながら、目は真崎直人を捉えていた。真崎直人は竹花愛子がローマ字表記にすると口にした時、明らかに目を開いたし、口元も綻んでいた。真崎直人。竹花愛子を意識しろ。もっともっと意識して、竹花愛子に好意を持ってくれ。
拓也は真崎直人に心が向きつつある様子の瑠衣にはすまないが、上手く立ち回ってこの2人がどんどん近づくように仕向けたいと考えていた。
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