第105話目 交流78 MASATO

 いよいよ明日から2泊3日のクラウン研修がある。


 朝からかなりの気温上昇に、真崎直人はつけっぱなしのエアコンの温度を2度ほど下げ、NAOになるための衣装と、泊るための準備をしながら今年の参加メンバーの一覧を目で追った。今年は15人の新しいクラウンが誕生することになっている。


 その中には、職場の坂本美和とその兄、拓也もいる。坂本美和をクラウンに誘ったが、活動の話に興味を持ってくれた兄の拓也もワークショップに来てくれていた。が、クラウンになることに迷う気持ちが見え隠れしていたところを自分が引き込んだ形だ。クラウンの活動も多い方がいい。なんならクリニクラウンにも誘いたいが、図書館勤めだと土日の活動は厳しそうだ。今回も兄妹での参加は気まずいと言っていたが、こうした研修は友人同士や職場の何人かでの参加も多い。坂本美和も、兄の拓也だけでなく、同じように教員に新採となった大学の友人も誘って一緒だ。


 そして、直人は意図してすぐには意識しないようにしていた、そこに書かれた一人の名に視線を移し止めた。


 竹花愛子


 はじめてこの名前を目にした時、鼓動が大きく跳ね上がった。愛子……もしや、愛さんではないか?名前は愛だと言っていたが、もしかしたら愛子かもしれない。そのくらいの誤魔化しもあったかもしれない。年齢も24と、愛さんもそのくらいだと予想していたので、ドンピシャかもしれない。そう思った。


 ワークショップにも何度か来てくれ、そこで顔を合わせるたび、どぎまぎしていたくらいだ。ブログでもしやとカマをかけてもみたが、竹花愛子が愛さんかどうかはわからない。が、そんな気がしていた。


 実行委員になった話をした時、ワークショップにも誘ったし、名前を明かさないでもそこで初めて知り合った風で交流するのもいいかもしれないねと話したことも覚えている。竹花愛子がワークショップに顔を出すようになったのは、それからすぐのことだったのだ。


 竹花愛子の顔を思い浮かべるだけで、顔が火照ってくるのが自分でもわかる。


 愛さんは、自分の姿をどう言っていただろうか。そうだ、髪は柔らかい天然で、4月に肩にかかるくらいの長さに切ったと言っていた。ワークショップにはじめて来てくれたとき、竹花愛子は愛さんの姿と重なった。その時はまだ名前を知らなかったが、次のワークショップに参加してもらえるようならば、名前と連絡先を記入して欲しいと手渡したカードに、竹花愛子と書いたのだ。本当に愛さんなのかもしれない。そう思ったのはこの時だ。


 その後、竹花愛子がワークショップに参加するかもしれないと思い、できるだけ休日のワークショップには顔を出したし、そこで竹花愛子と言葉を交わすたび、自分の愛さんのイメージと合致しているように思えた。その竹花愛子も2泊3日は一緒だと思うと、弾む気持ちがあることも確かだ。


 明日が待ち遠しい。



 『愛さん、こんばんは。いよいよ明日はクラウン研修に行くよ。新しい仲間は15人。2泊3日はその15人+実行委員4人が集団生活をして、クラウンの活動の話や人を楽しませるにはという話をしたりね、あとベテラン講師が2人来てくれるんだ。この2人は泊まらないんだけどね。新たなメンバーがどんな人たちなのか、ワークショップで何度か顔を合わせている人もいるけど、一堂に会するのは初めてだから楽しみでもあるんだ。その間、そこにパソコンはあっても自分のじゃないし、ブログをそれでできないし、スマホから来るのも、夜の寝る頃になると思うんだ。愛さんもこの3日間まだ夏休みだよね、どう過ごすのかな?』


 聞きたかったけどなかなか聞けないでいたことを、カマをかけるような気持ちでしてみた。愛さんが竹花愛子だとしたら、どう返事をするのだろう……いつものように、また誤魔化されるかな。


 『直人さん、こんばんは。いよいよ研修なんだね。実行委員さんはさぞ忙しいんでしょうね?3日間頑張ってね。その期間、みなさんがどんなメイクにするのか、その場に立ち会うって言ってたでしょ?直人さんはNAOさんになるの?私もまだお休み中ですよ。家族で、叔母の家族も一緒にアウトレットに行こうって話があって、一緒に行ってこようかなって思っています。県外の普段行けないところなので、もともと家族は泊りで行く予定ではあったんだけれど、私はギリギリまで悩んでた感じです(笑)でも直人さんもいないし、行こうかなって。なので私もブログができる時間はないかもしれません。なので直人さんもここを気にしないで、実行委員をしっかりやってください(笑)』


 アウトレットに泊りで……か。


 それは本当だろうか?本当は研修に来ていて、自分は家にいないのでブログをできないということを伝えておきたいのではないか。そんなことをつい考えてしまった。今まで愛さんの言葉を疑うことなんてなかったのに。


 愛さんが竹花愛子かもしれないと思ってから、そうだったらいいのに、そうだったらこう誤魔化すんじゃないか、自分の素性をハッキリ伝えるまでは誤魔化し続けるつもりなのではないかと、そう思う気持ちが出てきた。


 『愛さん、アウトレットですか。何か買いたいものとか、あるのかな?どんなものを買ったのか、また教えてくださいね。……と、そんなこと聞くもんじゃないか(笑)愛さんのご家族って、仲がいいね。ディズニーも家族で行っていたし、今度は叔母さんの家族とも一緒って、みんな仲がいいって、いいね。そうそう、NAOにもなるよ。NAOの衣装もメイク道具も荷物に入れたし、準備万端だよ。研修の様子もまた写真にも撮るから、また見せるね』


 『わぁ、研修の様子も見せてもらえるの?すっごい楽しみ。新しいお仲間さんたちのメイクも撮ってきてね。みなさん、どんな顔になるのかな……すっごい楽しみ。クラウンフェスタの前に見られるって、ラッキーだね(笑)うん、家は家族仲がいいと思う。叔母の家族ともね。妹がまだ学生だし、叔母のところの従姉妹もまだ高校生だからね、まあ、私は行かなくてもいいかなと思ったんだけど、アウトレットだからいいかと思って(笑)父が出資してくれることもあるしね(笑)』


 ……本当にアウトレットかな?話、合わせてるだけか?


 いや、愛さんを信じないといけないか。愛さんはアウトレットに行くんだ。竹花愛子は愛さんじゃない。もしかしたらそうかもしれないけど、愛さんはここでアウトレットに行くと言っているではないか。愛さんが竹花愛子で研修に来ていたとしても、それは竹花愛子で愛さんじゃない。


 可笑しいや。心の中に雲が浮かんでいて、その中は見えない。目で見えているのに中が見えない。そんな雲が心の中に浮かんでいるようだ。


 掴めない何かを掴むように、直人はそこに顔をうずめるようにして、愛を探した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る