第99話目 ブロガー9
焦った。まさか本当にマナに出くわすとは。
市役所での写真展は、きっとマナも観に行くだろうと思っていたが、まさか初日にいきなりそこで出くわすとは、正直なところ思いもしていなかった。まあ、会えたらいいなと思い行ったことも確かだが、マナの学校の休みである土日の昼休憩に何度か行けば、会えるかもしれないなと多少の期待はしていたが、まさか初日に会えるとは。しかもそこで美菜に声をかけられ、ドキリとした。ちょうど美和の撮ったMASATOを観ていたのだ。
「あっ、坂本さんだ!」
美菜のその声に、身体中に熱が駆け上がった気がした。美菜イコール愛美がそこにいると、瞬間察知してしまったのだ。そしてそれは当たった。
「偶然ですね。写真展を観に来たんですか?」
「そう、友達が賞をもらったんだ。これだよ」
美菜が指さした祭りの写真には、勇壮に神輿を引く姿を背景に、それに見入っている人が写り込んでいるものだった。
「へぇ、友達すごいね。いい写真だね」
「坂本さんも写真展を観にきたの?」
「う、うん。ここの展示が終わったら図書館でも展示したらどうかって話があって、観にきたんだ」
嘘だった。
瞬間、いろんなことが頭を駆け巡り、妹が賞をなんて絶対言えないと思ったのだ。なんせ妹の名前も、「坂本」なのだ。妹が賞を取ったイコールMASATOの写真だとわかってしまうのだ。自分がこれからやろうとしていることを考えると、マナにそれを知られるのは非常にまずいことだと思い、咄嗟にそんな嘘をついた。
「今日は休みなんですか?私たち、このあと図書館に行くんです」
愛美の問いかけに、「昼休みに来ただけなんで、これからすぐに戻りますよ。お待ちしています」と声をかけ、退散した。
そして焦ったもう一つの理由だ。なんと、MASATOも見つけたのだ。
今日は、このために昼飯もゆっくり食べられないだろうと、コンビニで買ったおにぎりを食べてしまおうと、車でお茶を飲み始めた時、市民会館脇の通路からMASATOが現れた。美和の見せてくれた写真の男をその時に目に焼き付けておいたことで、それが真崎先生とやらだとすぐに気付いた。
MASATOは車に戻ると、明らかに正面玄関に目を向けていた。その様子を見ていると、玄関にマナたちが姿を現し、MASATOに目を向けると、何やら下の方に顔を向けゴソゴソとしている風であった。なんだこの感じは。マナが中にいることを知っていたのだろうか?中で美菜に声をかけられ自分が気付く前に、マナと話でもしていたのだろうか?そこに学校の生徒がいて声をかけたか?まさかマナがAIだと気付いてて、あそこで会ってた?いや、でも美菜もいたからな……それはないだろう。マナが中にいたことに気付いて、中に入らなかったのだろうか?マナたちが帰るのを待っている?いろんな想像を頭で巡らせていたが、マナたちが帰ってからのその様子で、マナたちが中にいたことに気付き、生徒であるマナと顔を合わせないように、帰るのを待っていたのではないかと思い至った。
その姿から、MASATOは生徒の寺井愛美がAIだと気付いていない。そう思った。
拓也は急いでおにぎりの半分ほどをひと口で放り込むと、咀嚼しながら車を動かし図書館に向かった。マナたちより先に図書館にいるつもりだったが、これでは昼休み時間ギリギリになりそうだ。土曜である今日は、マナの叔母の野々山美弥も休みのため、何かしら聞きたいことがあれば、自分のところにくるはずだ……まあ、それはほとんど美菜なのだけれど。
図書館に着くと、マナと美菜はすでに中にいて、美菜は一冊の本を手に持ち、別の本を探しているようだった。
マナは……と、奥に姿を探したのですぐに気付かなかったが、その姿に気が付いたとき、マナは入り口からこちらに向かってくるところだった。入り口の正面にある新刊コーナーにいたらしい。
「坂本さん、黒井洋二さんの『粛清のその向こう』っていう新刊が今日入ってるってHPに載ってて、さっきチェックした時は在架になってたんですけど……私、予約1番になってると思うんですが……」
「ああ、黒井さんのね、ちょっと待ってください。確認してみます」
その作家はタクシーがAIに教えた。新人の作家で評判がいいミステリーでマナが好きそうだと思ったからだ。そしてその作家の本は、今日、図書館に並ぶ予定だったのだが、どちらにしても今日明日にはマナが取りに来るだろうと予想して、自分以外の職員には見つけにくい場所に置いていた。
マナが予約していた本を渡すと、それともう一冊新刊コーナーから持ってきたミステリーも手に持っており、二冊の貸し出し手続きをした。
「この作家さん、新人みたいですね。ご存知でしたか?」
「そうみたいですね。私も知り合いから教わって知ったんです。面白いみたいですよ」
「そうなんだ。じゃあ自分もいつか読んでみようかな」
「坂本さん、ミステリ―読むんですか?」
「そうですね、ミステリ―も読みますよ。色々読みます」
「やっぱ図書館で働く人は読書好きな人が多いんでしょうね」
「その傾向はあると思います。寺井さんもいかがです?」
「私ですか?無理ですよ……司書の資格も必要でしょ?大変そう……あっ、ごめんなさい。どうぞ」
チッと、心の中で舌打ちが出た。せっかくマナと話していたのに。
マナが窓口で問い合わせと貸し出しの手続きに来た時には後ろに誰もついていなくて、そのまま話しかけることができ、せっかく話が盛り上がってきたのに、邪魔された。まあ、そのうち美菜も手続きに来るだろうから、マナが一緒だといいな。
拓也は背を向けたマナを目で追いかけた。
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