第98話目 交流72 MASATO

 なんだろう。自分が写った写真が展示されると聞き、まあ素顔じゃないし、それはそれで楽しみができたと思っていたが、いざその当日になると、自分が賞を取ったわけでもないが、不思議と緊張といった感情が押し寄せてきて戸惑っていた。とりあえず天気がよくてよかったなどと、どうでもよさそうなことを朝から思っている自分に笑えた。仕事帰りに寄ると言っていた愛さんは、今日は行かないだろうに。


 直人は午前の部活動の指導を終え、逸る気持ちを抑え、なにか食べてから観に行こうと考えていたが、やはりどうも気になって仕方がなく、その足で市役所に向かった。


 駐車場に車を止めると、なんと知った顔が正面玄関に向かうではないか。市役所に併設された市民会館側に止めた車からでも遠目にもそれが寺井だとわかった。友達と一緒のようだ。さて、どうしたものか。


 直人は寺井とバッタリ出くわすのもなと思い、市役所の裏玄関に回ると、そこから様子を窺った。


 ロビーを突っ切る形にあるその裏玄関からも、明らかに写真展を見ている寺井が見えた。すると、友達2人かと思ったが、どうやらもう1人一緒のようだ。寺井と親し気に話すこの男性は寺井の彼氏だろうか……少し心がざわついた。が、すぐにその男性は玄関に向かい帰っていったようだ。偶然知り合いにでも会っただけか。


 寺井は友達と何やら話をしながら写真も数枚撮っていたようだが、一か所に立ち止まると、なかなかそこから離れずにおり、どんな写真を眺めているのだろうと思い、あっ……と思った。そうだ、寺井とは病院でクラウン姿で会っている。見たことがあるクラウンがいると思ってNAOを観ているのかもしれない。うわーっ、気付かないでくれよ……思わず祈った。しかしこれからどうしよう。しばらく車で待って、彼女たちが帰ってから入ろうか。


 直人が車に戻って5分もすると、玄関から寺井たちが出てきた。先程は横からの姿で気付かなかったが、一緒にいる子は幼さが残る感じなので、妹かもしれないな……そう思い、ボーっと眺めてしまった。


 すると、ふと周りを見渡していた寺井がこちらを見た……気がした。が、遠目だっから自分には気づかないだろう。危なかったなと、助手席のカバンから何かを取り出す振りをして顔を背けた。


 2人が自転車で立ち去ったことを確認し、直人は正面玄関から市役所に入った。ロビーには先程寺井が観ていたのと同じ位置に写真が貼り出されていて、直人は入選と書かれた札を目で追うより早く、NAOの写真を見つけた。やはり先程寺井が足を止めていた場所に思え、NAOが自分だと気付かなかったかなと、NAOの中に自分の姿を探した。でもまあ、このメイクだし、この前の病院でも気付いた風ではなかったし、きっと大丈夫だろう。病院で会った人がいるなくらいの気持ちで観ていたのかもしれないな。と、それよりなんでこの写真展を観に来たんだろう?知り合いでもいるのかな?それとも、寺井も何か賞を取ったのだろうか?


 直人はそこにある全部の写真と、写した写真の下にある名前を確認したが、寺井の名も、自分の知った名も、坂本美和以外にはなかった。まあ、そんなことはどうでもいいかと、坂本美和の撮ったNAOの写真を観て、やはりちょっと恥ずかしいなと思いつつ、顔はニヤケた。


 愛さん、この写真を見たいと言っていたな。展示の案内板には、写真撮影はOKと書いてある。ただ、ウェブ上へ写真を載せることは禁止していた。著作権侵害になると書いてある。それはそうだな。愛も観に来ると言っていたし、愛にだけ見えるようにゲストページに載せるのもいいが、実際こうして大きなパネルになったやつを観て欲しい。そう伝えよう。


 この写真を坂本美和が賞を取ったことを知り、はじめて見せてもらったと愛には話したが、実はこの写真をコンクールに出すことは知っていた。GW明けに聞いていたのだ。コンクールに出すと聞いて、その結果が出るまではさすがに愛にも見せられないかなと思い、データをもらってなかったのだ。その辺りのデリケートさは持ち合わせているつもりだ。が、こうして展示され、ようやく自分もこの写真を手に入れられる。直人はあとでデータをもらおうと思いつつも、展示されているNAOの写真もスマホに収めた。それは、ちゃんと賞を取った写真だとわかるように写真に収めた。


 休み明け、坂本美和にもお礼を言おう。恥ずかしさもあるけれど、これはいい写真だ。自分で言うのも変だけど、いい顔をしている。笑顔の子供たちに向けた顔で、カメラに向けたその顔は、間違いなく愛を想っている顔でもあった。



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