第97話目 交流71
梅雨に入り、雨の降るジメジメした毎日で、自転車通学も憂鬱に感じていた愛美も、夜の直人との交流の時間だけは、そんな雨も詩的な言葉に変えられそうで、今夜はどんな話をしようかとブログを開いた。
『愛さん、ただいま。あのね、すごいお知らせがあるんだ。と、まあ、自分がすごいわけじゃない話なんだけどね、クリニクラウンをやったときにSさんが写真を撮ってくれた話をしたけど、そのSさんがね、NAOの写真を市でやってる写真のコンテストに出したんだ。それでね、入選して表彰されるんだって。しかもね、その写真が市役所のロビーに貼り出されるって言うんだ。コンテストに出す話はGWの直後に聞いてはいたんだけど、まさか入選して貼り出されることになるなんてビックリだよ。まあ、NAOだから自分の素顔じゃないんだけど、なんかちょっと恥ずかしいかも(笑)愛さん、よかったら見に行ってみてよ。今度の土日から貼り出されて、1ヶ月くらい位は貼ってあるらしいからさ』
「えっ」
NAOの写真が市役所のロビーに貼り出される?すごい!わぁ、観たいなぁ……
愛美は薄っすら記憶にある市役所を思い浮かべ、自転車でも行ける距離だし、土日なら仕事している人たちも休みだから人気もないだろうし、観に行こう。すぐに心はそう決まった。が、また少しの嫉妬が頭をもたげた。
『直人さん。おかえりなさい。Sさんの写真が入選したんですか!?しかもNAOさんを写したやつって、どれだろう?ここに載せてくれた写真ですか?観たい観たい。絶対に観に行きます。たくさんの人がNAOさんの姿を目にするんですね。なんかちょっと嬉しいけど、焼きもち妬けそう。だってNAOさんを観た人が、この人素敵!なんて思うかもしれないでしょ(笑)どこの誰だろう?お近づきになりたいな……なんてね(笑)』
『ははは、そんなわけないよ。お近づきなんて、そう簡単に許さないから大丈夫(笑)Sさんが入選した写真はね、Sさんが自分のカメラで撮ったやつなんだ。クリニクラウンの活動の様子の写真を頼んだ時、自分のカメラを渡して撮ってもらったけど、それとは別にSさんは自分のカメラを持ってたんだ。一眼レフでレンズが大きいのもつけられるやつで、NAOが満面の笑顔でポーズを取ってるヤツのアップなんだけど、それはね、ここに載せてない写真なんだ。自分がもらったのは自分のカメラのやつだけだったからさ。NAOの写真をコンテストに出していいか聞かれて、いいいよとは答えたんだけど、それで入選したって聞かされて、それで初めてその写真を今日見せてもらったってわけさ。ビックリしたよ(笑)自分で言うのもなんだけど、いい顔してた(笑)』
なんか面白くない。
愛美は直人の書き込みを読んで、自分でも驚くほど顔が険しくなったことに気付いた。NAOの満面の笑顔のアップ?なにそれ。そんな写真が選考する人の目に留まったというのだから、きっとその写真から撮り手の気持ちも何かしら汲み取ったのではないか。SさんはNAOに何かしらの感情を持っている気がした。いや、きっと持っているはずだ。わざわざそんな写真を撮るのだから。
『へぇ、直人さんも見たことがなかった写真なんだ……そんないい顔してるNAOさんの写真を撮るSさんって、直人さんのこと……なんて、ちょっと思ってしまいました。そんな素敵な笑顔のNAOさんの写真、見てみたいけど……なんかSさんの気持ちが見えそうで、観たくないかも』
また嫉妬しているとハッキリわかるような言葉を書いてしまった。でもそれは直人に否定して欲しかったから、Sさんとはなんでもないよと言って欲しかったから。Sさんのことなんかただの同僚だよと言って欲しかったから。……好きなのは愛さんだけだよと言って欲しいから。
『ははは。愛さんは可愛いですね。そんなふうに拗ねてくれる愛さんも愛おしいですよ(笑)NAOの写真、観に来てください。本当にいい写真だからさ。その笑顔は、愛さんを想っての顔だったはずだよ』
ずぎゅんだ。心の中を撃ち抜かれた。ちっぽけな嫉妬心なんか、簡単に消え去った。直人の言葉は魔法だ。愛の心を全部わかって書いてくれる。愛の心をわかって……
直人さん。愛美だよ。私は、愛美。
幸せな瞬間、涙が零れた。
土曜日、観に行こう。初日だからきっと直人も観に来るんだろう。そこで偶然会えるとは思わないけど、会ったら会ったで……私はいちいち人の顔なんか見ませんみたいな顔して、人に顔を、視線を向けなければいいんだし、直人も休日に生徒を見かけても、気付かぬよう立ち去ると言っていたではないか。いや、同じ時間にちょうどなんて、約束でもしない限りそんなことはありえないだろう。
『うん。ちゃんと観に行くね。1ヶ月も貼り出されるんだったらいつでも観に行けるもんね(笑)仕事帰りにでも行ってみようかな。私が知らないNAOさんの笑顔を観られることを楽しみに仕事に励めます(笑)』
敢えて仕事帰りにと書いた。こうしておけば、初日の土曜日に観に行くなんて思わないだろう。
そんな話を直人とした翌日、なんと都合のいいことに美菜がその市の写真展の話題を持ち出した。どうやら中学で仲良くなった他の小学校からの子が同じコンクールに出したというではないか。その子は佳作となったという話だが、その話題に乗っかるために写真を見に行くと言ってきたらしい。なんでも、GWに家族で行った祭りの写真で、家族も写り込んでいる写真のため、その友達は家族で観に行くので、一緒には行けないということだった。よくよく話を聞くと、そのコンクール自体、GWでの出来事という応募だったらしい。
なんだそうか、そういうことでクリニクラウンのNAOの写真を坂本美和は応募しただけなのかもしれない。そんなことも思ったが、それでもやはりそのGWの1日を一緒に過ごした風な写真を撮るのだから、まっさらな感情のわけがない。思い返さないようにしようとしていたが、やはりそのことが頭の中をかすめてしまう。嫌な感情だ。
「お姉ちゃん、一緒に行ってくれる?お母さん、土曜の昼間は行けないんだって」
「ほかに一緒に行く子とかいないの?」
「それな。みのりちゃん、佳作でも賞もらって自慢してるみたいに思われるのが嫌なんだって。だから他の子に話してないんだよ」
「なるほどね。そうだね、図書館も近いし、寄りたいから行ってみるか。お母さん、カメラ持ってっていい?写真撮ってもいいならその写真も撮らせてもらおうか?」
「あ、いいね。私も観てみたいから撮ってきてよ。市の展示だから撮って大丈夫じゃない?賞を取った人たちも写したいだろうしね」
これでカメラを持って行く口実もできた。Sの坂本が撮った写真だと思うと面白くないけど、それでもやはり、その満面の笑みのNAOの写真は保存しておきたい。
どんな笑顔で写っているんだろう?愛美はNAOのいろんな顔を思い浮かべ、目が綻ぶ自分を感じていた。
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