第96話目 ブロガー8

 美和とのラインのあと、自分がやるとなるとと思い、クラウンの活動について検索をした。そこには美和が言っていたように、ワークショップへ参加することと、クラウンについて勉強するために研修に行くことが書かれており、ホームページにはその研修の様子があげられていて、何回か分の写真もあげられていた。


 その活動の様子は、なかなか興味深いものだった。まず、これならば素顔がどんななのかわからないし、メイク1つでどんな顔にもなれる。それはなんだか違う人間になれるように思え、こういうのもありだなと思えた。そしてメイクをしたクラウンたちが何やら一人ずつが出し物のようなことをしている姿があり、そういえば美和がけん玉を教えてくれと言っていたことを思い出した。何かできるようにしないといけないのなら、けん玉は美和に教えるんじゃなく自分の特技として取っておきたいなと思った。


 そして活動の紹介の、クラウンフェスタに目が留まった。そういえば美和がそんなこと言っていたような気もする。11月にその催しがあり、街の中をクラウンが出没するのか。これも面白いかもしれないな。そうだな、マナはきっと街中まちなかに現れるだろう。MASATOに会いに。そこにタクシーである自分もいるなんて、想像もしないだろう。いや、クラウンの活動をしていることは記事にすることになるだろうから、クラウンになっている自分には会うのかもしれないが、マナはたぶん自分がAIだと話すつもりはないだろう。そこは愛美として見に来て、タクシーであるクラウンがそこにいるという絵面だ。そこで自分が気づき声をかける。「寺井愛美さんじゃないですか?」と。マナはどうするだろう?図書館で顔を見かける拓也だと気付くだろうか?


 いや待て。それはマズイ。それだとタクシーが拓也だとバレるではないか。同じ本をしょっちゅう読んでいるタクシーが拓也だとわかったら、これは警戒されること間違いなしだ。タクシーが拓也だと気付かれてはならない。でもそれは大丈夫か。クラウンの姿は本当の顔を隠してくれる。クラウンの姿のタクシーは、寺井愛美が知る図書館の坂本拓也ではない。


 あれ?


 そこで拓也は何か自分が考えていることに対して違和感を感じた。俺は一体何がしたいんだ?


 タクシーとしてAIと親密になりたい。だからブログで親し気にしているMASATOをAIから遠ざけたい。その気持ちは間違いない。MASATOは自分が親し気にしているAIが生徒だと知ったらAIから離れるだろう。そしたらタクシーはAIともっと交流を深められるかもしれない。


 では、坂本拓也としてはどうだ?寺井愛美と……いや、でもまだマナは高校生じゃないか。その辺の理性はあるつもりだ。今すぐ気持ちを伝えるとか、そういうことじゃないんだ。もしいつかそんな日が来たらいいなと思ってはいるが。


 では、AIはどうだ?AIはMASATOが先生だと知ったらどうだろう?いきなり現実が押し寄せてきて、MASATOとどうなるのだろう?さすがに先生と生徒でどうにかなるとは思いたくはないが……


 そうだ。やはりここはMASATOを遠ざけなければならない。それは絶対だ。現実の拓也とどうとか、今は関係ない。ただ、今はMASATOをこれ以上AIに近づけたくない。拓也はその一心だった。坂本拓也と寺井愛美がどうとか、そこは関係がないんだ。だって、それはマナが高校を卒業する先の、もっと未来の話なのだから。


 『タクシーさん、こんばんは。コンチ館の……読んだんですか?すごい偶然です!私も読んだばかりなんです。そうそう、主人公面白すぎですよね。でも私はその面白さの中に何かが隠れているように考えていたんですよ。なんだかんだ言っても、麗奈さんは器の大きな人みたいでしたね(笑)次は何を読むんですか?』


 次か。次は今、マナが予約している13の夜を超えてをマナの後に読む予定だが、さすがにそれは書けない。同じ本を立て続けに読む予定なんだと書くわけにはいかない。


 『そうですね、何がいいかなと考えているところです。AIさん、何か面白いミイステリー本はありますか?自分は今は手元に中野サトシというカメラマンの写真集があって、それに心を奪われているところです(笑)』


 そう投げかけた疑問に、今夜も返事は入りそうもない。ここのところマナはひと晩に一度しか返事を書いてくれない。交流を始めた頃は、あんなにも読書の話題でやり取りしたというのに。


 『AIさん、まだブログにいますか?いたら返事を下さい。AIさんともっと話がしたいんです。AIさん、返事が入るまでずっと待っていますよ……マナ、返事をして欲しい。マナ、MASATOは真崎先生だぞ。ここでいくら仲良くなっても、そいつは先生だぞ。どんな先生だ?学校の先生なんて、嫌な奴ばかりじゃないか。そう思わないか?子供の頃からオレの周りの先生は理不尽なことばかり押し付けてくる奴ばっかだったぞ。真崎先生も学校じゃ嫌な奴なんじゃないか?マナ、わかってるのか?そいつと仲良くなんかしちゃダメだ……マナ、マナ……返事をしてくれよ、マナ……


 拓也は決して投稿ボタンを押せない言葉を羅列して、いらだつ感情をそこにぶつけた。


 そして、消した。削除ボタンをこれでもかというほどに、強く押しながら。

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