第76話目 交流57 MASATO
「真崎さん、悪いね。うちの寺井が無理なこと言ってラーメン屋を聞き出させてしまったね」
「いやぁ、いいですよ。大挙さえしなければ全然問題ありませんから。寺井さんなら吹聴しないでしょう?」
「そうだな、言わないだろうな。なんだかんだ言っても、寺井は真面目だし慎重な子だから」
「ところで、寺井さん呼び出していましたけど……」
「ああ、あいつな、急に大学進学に進路希望を変えたんだよ。入学時からずっと製菓の専門志望だったからさ、なんで今になってって思ってね」
「あの、急に長い髪を切ったことと関係あるんじゃないですかね……」
「そうだったな。あのあとも特に変化がなかったから気にし過ぎかと思っていたけど、何か思うことがあったのかもな。それで一応、もう一度気持ちを確認しておこうと思ってな」
「製菓の志望って、お菓子作り好きなんですかね」
「そうだな、どうやらかなり作り込んでいるみたいだな。志望を変えたと言っても、家政科のある大学に行きたいって言うんだから、全く製菓と関係ないわけでもないみたいだし、将来のためにどっちにでも行けるようにっていうつもりかもな。あいつ成績もいいしな」
「そうでしたか」
AIとの会話の中で、幾度となく出る寺井愛美のことは、その回数分、意識するようにはなっていた。それも、AIとの会話を探す。それだけのことだった。が、家政科にいるのだから、お菓子作りやお料理や裁縫など、家庭科的なものが好きな子が多いのは当たり前だが、AIと同じくお菓子作りも好きというのは、なんとも奇遇なことだなと、また一つAIとの話題ができたことを、直人は嬉しく思っていた。
今夜のAIとの話題は、Tさん……寺井のことになりそうだな。3年生が修学旅行に行くことは既に話しており、今日の会合の寺井とのラーメンの会話、そしてお菓子作りが好きな話と、もちろん名前は絶対に出さないのだけれど、階段のTさん、髪を切ったTさんと、寺井はどういうわけかいい感じで話題をくれる存在だ。
職員室でも、遠巻きに増本と寺井のやり取りを気にして見ていたので、そのやり取りでは最終確認で、特に寺井の様子に変化はなく、先程の家庭科室で見たような、明るい対応の彼女に、何かの負荷があり髪を切ったのではないかという不安は払拭されるものでもあった。
そんなことを思いながら、ぼんやりとそちらに目を向けていたので、寺井が増本に軽くお辞儀をして立ち上がりながら向けた目と、視線が合ってしまった。
その直人の視線に、一瞬だが戸惑ったような、目を張ったような、小刻みに視線を彷徨わせたような、そんな寺井は微笑んで、はにかんで頷くように直人に小さく頭を下げて職員室を出て行った。その仕草に、なんとも言えない心のざわつきを感じた。これは一体どうしたことか……
「真崎先生。明日のことですけど、津田の市民病院に12時半でいいですか?」
寺井を見送って、視線が揺れている直人を坂本の言葉が現実に引き戻した。
「ああ、はい。12時半じゃ早いですね。自分達は準備もあるんでそのくらいには行きますけど、坂本先生は始まる少し前に広場にいてくださればいいですから」
明日のクリニクラウンの活動を観たいと言ってくれた新採の坂本には、他の何人かの教員には話してあるように、クリニクラウンの活動の話はしてあった。その活動のために、就業後の校内戸締りの見回りの当番などで変わってもらう必要があり、同学年の教員と親しくしている教員には話してあったのだ。その流れで、坂本が活動に興味を持ってくれ、観に来てくれることになったのだった。ついでと言ってはなんだが、ブログ用の写真など、それとは言わずに撮ってもらうことも頼んである。
このクリニクラウンの活動に賛同してくれた教員の中には、実際クリニクラウンとして活動をしている人もいる。坂本も、もしかしたらそうなってくれたらいいなと、直人は坂本を引き込もうとしているのだ。活動をする人が多ければ多いほど、たくさんの病院を回れるし、それだけではなくクラウンフェスタでの活動も盛大になるのではないかと考えていた。
そう、坂本が観に来てくれる。部外者でも面会時間なのだから、広場での活動は観ることが出来るのだ。AIさん、病院には来るつもりはなさそうだったな……観られるのだから、なんとか来てくれないかな……直人がそんなことを思い耽っていたため、坂本の「じゃあ始まる少し前に行きますね。カメラはその時に受け取る形でいいですか?」という言葉が目の前を素通りし、「えっ?」と、聞き直してしまった。
「何か心配事でもあるのですか?」
「いやいや、すみません。ちょっと……気になる生徒がいるもんですから」
「女子高って、独特な雰囲気がありますもんね。ここ、校則が厳しいから学校の中では品行方正な子たちが多いですけど、……学校を出てからも、そんな子たちが多いですけど、だからこそ見えない部分って、あるような気がしています」
「そんなものですか?仰る通り、品行方正な子たちが多い印象ではありますけどね。自分、サッカー部の副顧問ですから、品行方正より元気で活発な子たちをいつも目にしているので、気付いてないことも多いのかもしれません……何か気になることがあったら教えてください」
坂本のその言葉に、なにかしらの不安を感じたが、高校生とはいえど、人にはいろんな面があるものだと理解できているので、驚きはしない。先程目にした寺井の戸惑うような視線の揺れ、それもそうだ。それは今までに何度か経験していた視線と、とてもよく似ていた。
まさかな。
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