第75話目 交流56

 毎晩のようにMASATOと交流を持つようになり、もうそのことは生活の一部となり、学校ではいつもMASATOの姿を探したり、見つけると目で追ったりという、周りには誰にも気づかれないようにしながら、秘かにそれをすることが愛美の楽しみになっていた。


 GWに入る前日の28日。GW明けに行く北海道への修学旅行のクラスの実行委員になっていた愛美は、放課後のその実行委員の集まりに第3家庭科室にいた。もう旅のおおまかな準備も済み、去年の修学旅行の様子を去年3年生を受け持った先生数人から聞けることになっていた。そこには、真崎先生も来る予定となっていた。


 その話は、行き先である北海道の観光名所で、班別となる自由行動の日に、ここだけは行っておいた方がいいといういくつかの名所の話や、旅行中の学生たちの気になった行動などの注意点がされており、これは観光名所の話よりも、この高校の生徒としての行動であることに自覚をもって行動するようにという話だったのであろうと受け取った。その会の最後に、「何か質問したいことはありますか?」の問いに、数人が入浴やホテルでの過ごし方、外出についての質問をしているのを聞きながら、愛美はふと、思いつきのように手を挙げていた。


「真崎先生、先程のお勧めの観光名所のことですけど、中でも真崎先生の一番のお勧めはどこですか?」


「う~ん……これは悩みますねぇ。実のところ、どこも観光名所は行って観ておいた方がいいんですけどね、うん、一つだけ、個人的なことになってしまうのですが、札幌での自由時間にお昼ご飯をみなさん食べてくるでしょうけど、やはり札幌といえばラーメンは食べておくのがいいかもしれませんね。団体行動では食べる機会がありませんから。お勧めの店がいくつかあるのですが、それを言ってしまうと大挙されてしまうと困りますので、ここでは控えたいと思いますが、札幌のラーメン屋さんはどこも美味しいと評判ですよ」


「ありがとうございました。お勧めのお店、あとで聞きに行っていいですか?」


「ダメです。クラスで広げるでしょ?自分たちで探して行ってください。因みに、ラーメン屋さんは自由行動範囲にたくさんありますよ」


笑いながらそう言う真崎先生の笑顔は、病院のホームページで見たNAOの笑顔と重なって、愛美も思わず笑みがこぼれた。


「寺井、ちょっといいか?帰りでいいから職員室寄ってくれ」


 修学旅行の実行委員会が終了し、家庭科室を出るところで担任の増本に呼び止められた。「はい」と返事をしたときに、増本のすぐ近くにいた真崎先生も愛美に視線を向けていた。その会に出ていた生徒は、同じクラスの黒崎明美を除いては、みな家庭科室を出ていて、他の先生方も教室を出始めていたので、これ幸いと愛美は真崎先生に話しかけた。


「あっ、真崎先生。美味しいラーメン屋さん教えてくださいよ。私、ラーメンって大好きなんです。絶対に他の子には教えないので……聞いたところで班のみんながいいって言わなければ行けないんですけど……」


 そう言って、愛美は顔の前で手を合わせ、拝むようにして見せた。まあ、ここで聞けなくても、夜、MASATOに何気にリサーチすればいいのだけれど。


「しょうがないなぁ。絶対にここでだけだぞ!まあ、みんなに言って行列になったら自由時間が短くなってしまうだけだからな、言わない方が自分のためでもあるぞ」


「わかってますって!」


「狸小路の中にある、〇△か、地下街にある◎◇だな、ここはお勧めだ」


「何味ですか?」


「味噌も醤油も、確か塩もあるけど、私のお勧めはやっぱり味噌かな」


「ありがとうございました。班のみんなにプッシュしておきます」


 その言葉を受けて、真崎先生は愛美と明美を指さしながら、「いいか、くれぐれもここだけの話だぞ」と念押しをした。そんな姿もなんだか……可愛らしい。そう愛美は思った。


 教室に戻りトイレを済ませてカバンを持ち職員室に向かった。実行委員会があったので、純には先に帰ってもらっていたので、今日は愛美一人だ。


 職員室の増本の席まで行くと、机に愛美の進路志望変更届が出ていることに気付いた。もしかしたらと思っていたが、やはりその話のようだ。


「おっ、きたか。ここでいいか?」


周りを見渡すと、増本の近くの席には人はいない。


「はい」そう返事をすると、「座るか?」と、後ろの席の椅子を引っ張ってきた。そこは講師の席で、毎日学校にいるわけではない先生の席だ。立ったままでもいいと思ったけれど、せっかくなので座った。


「お前、本当にこれ、変更でいいのか?お菓子作り、好きなんだろ?製菓の専門行きたいって、1年の頃から出していたのに、なんでまた今になって……」


「はい。それでいいです」


「なんで心変わりをしたのかわからないが、お前の成績なら今からでも推薦枠に間に合うと思うけど」


「製菓の専門ではないですけど、どちらにしても製菓の勉強もできるはずですから、それでいいんです」


「気持ちは固いんだな」


「はい」


「わかった。じゃあ成績はこれからも落とすことなく、家政科でトップでい続けろ」


「はい。頑張ります」


 お菓子作りが好きな愛美は、ずっと製菓の専門学校を志望していたが、ここへきて大学進学へ志望変更をしていた。それは、MASATOとの交流の中で気持ちに変化が始まったのだった。心を寄せ合う中で、絶対に交わることのない現実の自分が、現実のMASATOと同じところに立ちたい。ただその一心だった。愛美は家政科の教職課程のある地元の私大を目指すことにした。


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