第74話目 交流55 MASATO

 『AIさん、子供の頃にそんなことがあったんですね。笑顔メイクで騙される……確かに、言葉はキツイけど、そう言われると返す言葉がありません。なんかね、今、この話を聞いてよかったなって思います。みんなを笑顔にしたいって思ってきたんです。自分が笑えば相手も笑う。そんな意味もあってのあのメイクだと思っていましたが、言われてハッとしました。大事なのはメイクではありませんね。メイクでどんなに笑顔を作っても、AIさんのようにそれが心からのものではないと見抜かれてしまう。その時に自分がどんな感情であっても、あなたを笑顔にしたいという気持ちで接し、それを自分のものにする。自分の喜びにする。うん、AIさん、ありがとうございます。なんか今、とても大事なことを教わった気がします』


 『ごめんなさい。なんか変なこと書いちゃいましたね。でもね、NAOさんは全然怖くないですよ。NAOさんの真剣な口元は、怖いものではなく、むしろ……可愛いんです(笑)なんていうか、一生懸命さが伝わってきますから。そういうことも観ている人にも、それが子どもであっても伝わるものだと思います。背を向けている子供たちがワクワクしているんじゃないかってことが伝わってくる1枚でしたよ。NAOさん、バルーンアートを作っているとき以外はちゃんと自分の笑顔で接していたんじゃないですか?だから子どもたちのワクワクがその背から伝わってきているんだと思います』


 『AIさん、ありがとう。今夜もAIさんと話ができて本当によかったです。なんていうか……AIさんは自分を優しい気持ちにしてくれます。いつも……自分のいいところというか、ちゃんと自分を見てくれていると感じるというか……もちろん、実際、目にしているわけではないけれど、言葉の端々に自分をちゃんと知ろうとしてくれていることがわかるから、だから嬉しいし、優しい気持ちになれるし、そういう部分が伝わってきます。なんだろうこの感じと考えていたんです。そう、これは安心感です。自分には今、そういう感情が必要だったから……』


 塔子に別れを告げられて感じていた喪失感や虚無感、いきなり何もないところに放り出されたような孤独感、そうしたものを埋めてくれたのは、間違いなくAIさんだ。


 結婚すると思われていたから、知ってる人には別れたことを……振られたことを気軽に言えない、言いにくい、こんなことになった自分には、何か大切なものが欠けているのではないかという、そう思われるかもしれない不安感と恥ずかしいと思う気持ちと、塔子に対する怒りの向こうには、考えたことも感じたこともない感情が押し寄せていて、何かのきっかけ1つで、自分が壊れてしまうのではないかという危うい恐怖感さえ感じていた。


 そこに、AIさんがいた。


 暴走しそうな感情を鎮め、温め、泣いていいんだと、言葉にはしなかったけれど、そう思わせてくれた人。


 『安心感?……そういう感情が必要だったって、……気になります。何か嫌なことがあったんですか?安心感を感じたってことは、不安感があったということですよね?なんだかMASATOさんのことが心配です。でも、必要だった安心感を私が与えることが出来ていたのなら、よかったです。そう言われて、私のほうこそ温かい感情で包まれた気持ちになれました。ありがとうございます。さっき、クラウンは相手を笑顔に、自分も笑顔にって言ってたけれど、それはきっと、心でも同じことが言えるのかもしれませんね。想いは想いで返す、想いは想いで返ってくる。私から安心感を得られるということは、MASATOさんが私に同じものをくれていたってことですよ。……そう思いません?(笑)』


 「AIさん」


 そう呟いた直人の目には、じんわりと涙が滲んでいた。AIさんの言葉は優しい。その想いはとても温かい。


 AIさんに会いたい。どんな人だろう?


 今、ものすごくAIさんに会いたい……


 『……いつか、今の自分の感情の元になること、自分にそれを感じさせた人のこと、AIさんに聞いて欲しいです。もう少しだけ、自分の心のこの感情の消化ができるまで、心のざわつきを感じなくなるまで待ってください。そして、いつかその話を聞いて欲しいです。……そんなわけで、これからもAIさんとは交流していたいです。……ここにいてくれますか?……ずっと』


 『もちろんです。そんなふうに思っていただけているなんて、私としても光栄すぎます(笑)MASATOさんの心を癒すお手伝いができているとしたら、私も同じものをMASATOさんからいただけているということです。これからもお付き合いをよろしくお願いしますね。……私も、ずっとここにいます。MASATOさんに会いたいから』


 『AIさん、ありがとう。明日も、AIさんに会いに来ます。今夜も遅くまでありがとうございました。今夜は……なんだかいい夢が見られそう。……AIさんが夢に出てきてくれたらいいのにな。なぁんて(笑)じゃあ、また明日ね。おやすみなさい』


 『そんなこと言われちゃったら……私もMASATOさんの夢が見たいですよ。あっ、NAOさんの顔なら知っているので、もしかしたらNAOさんなら夢に出てきてくれるかな?……なぁんて(笑)明日、また会いに来てくださいね、待っています。……おやすみなさい』


「AIさん。本当に、夢でもいいからあなたに会いたいです」


 直人は思わずそう呟いた。どうせ聞いてる人は誰もいないんだ。


 聞いてる人はいない。そう、聞いている人がいないからこそ言える言葉がある。こんなふうに、AIに書いたような言葉を、塔子にしたこともなかった。いや、したことはあったのだろう。付き合い始めた頃には、こんな……夢で会いたいとか、歯の浮くような言葉を言ったことがあった気がする。けれど、だんだん一緒にいるのが当たり前になり、甘い言葉などそう言わなくなり、生活の一部になりつつあり、もう、そういう関係性にまでなれていたと思っていたのに……


 いったい何がいけなかったのだろう。


 直人は悪くない。塔子はそう言った。心変わりをさせた人がいただけだと言った。では、なぜ心変わりをしたのだろう……と、自分にそれだけの魅力がなかったということなのだろう。何度考えてもそこに行き着く。


 この感情は、とてつもなく傷が深い。


 お前は、あの男より劣っているのだ。


 そう、自分に突き付けられたのだ。



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