第66話目 交流48

きゅん……ってした。


 よく、映画やテレビドラマ、マンガなんかで恋した相手に、『きゅん』なんて言葉が出てくるけど、その『きゅん』って、ため息が出ちゃうような感じかなとか、ほわ~っとした微笑みの感じかなとか、ドキッとした感じかなとか、そんな想像をしていたけれど、『きゅん』って、本当にあったんだって、今、わかった。


 もう少しだけ一緒にいてもらっても……MASATOのその言葉に、胸をつかまれた感じ……いや、そんな表現じゃ物足りない、胸じゃなく、心臓をあたたかいMASATOの心に抱きしめられた感じ……身体から何かがこぼれ落ちるような感じ……


 MASATO


 私、MASATOに恋してる。


 今日はMASATOさんのこと考えていたって、書いちゃった。こんなこと、本当に目の前にいたら恥ずかしくてとても言えない。でも、そんなこと思いながらも、髪を切っているとき髪を切った生徒のこと、つまり自分のことも考えちゃったなんて、まるでMASATOの愛美への印象を聞くような、そんな言葉さえ書いてしまった。


 だって、学校で会った時、『私』のこと、少しでもいいから意識して欲しい……


 そのくらい、いいよね……


 『ワークショップに参加したきっかけですか?と、それはね、クラウンフェスタのときにたまたまその街中にいてね、クラウンのパフォーマンスを観たんです。当時まだ大学生だった自分は、教員を目指していたんだけど、当然の話だけど教員は大勢の人を目の前に授業をするでしょ?それだけじゃなく、いろんな場面で人前で話さなきゃならないわけで、それでね、こんなふうにクラウンメイクして人前に立ったら、そういうことも慣れるかなって、ちょっと思ったんだ。クラウンメイクしてるとさ、素顔がわかりにくいでしょ?鼻も、赤い鼻をつけちゃうし(笑)それから……自分のこと、考えててくれたって聞いて、嬉しく思います。自分も、実はAIさんのこと考えてました。ラーメン食べてるときとか(笑)』


 ちぇっ。髪を切った生徒さん……のことは何も触れないか。そりゃそうか。MASATOにとっては、愛美のことなんか、今、頭の片隅にもないんだろう。


 AIのことを考えていてくれた。そのことはすごく嬉しい、すごくすごく嬉しい。……でも、MASATOが考えていたのは、AIのことであって、愛美のことではない。そのことが少しだけ哀しい。


 『なるほど……ですね。そうして人前に出ることに慣れれば、授業をやるときにたくさんの生徒さんがこちらを向いていても大丈夫になりそうですもんね(笑)……で?慣れました?素顔がわからないって、確かにそうですよね。あのメイクしてるからMASATOさんの顔が今一つ、よくわかりません(笑)でも、ひとつだけわかったことがあります。NAOさんの目は、とても綺麗だと思いました。そういえば、NAOさん、あのメイクって、落とすの大変じゃないですか?普通の化粧落としで落ちるんですか?』


 『うん、普通の化粧落としで大丈夫なんだ。……って、化粧落としてる自分の姿、想像しないでくださいよ。めちゃめちゃ恥ずかしいです(笑)でもね、メイクして思ったことは、女性って、化粧をするときにこんな感じなんだなぁっていうか、上手く言えないんだけど、女性のそういう気持ちがちょっとだけわかったっていうか(笑)それと……目を褒めてもらえて嬉しいです(笑)なんかね、前から言われるんだけど、白目のところがね、薄ーくブルーがかってるっていうか、よく赤ちゃんの目の白目の部分がそんな感じじゃん?透き通ってるっていうか、そんな感じだねって言われることがあるよ。だから綺麗に見えるのかも……って、自分で言うなって話だね(笑)』


 NAOの……MASATOの目が綺麗って思ったのは、昨日、真崎先生の顔を近くで見た時だよ。クラウン姿のMASATOの目も、そう、確かに綺麗だったけどね、真崎先生の目を近くで見た時、そう感じたんだ。


 って、愛美としてだったら、これもとても本人には恥ずかしくて言えないや。


 『赤ちゃんの目かぁ(笑)言われてみると、赤ちゃんの目って、綺麗ですもんね。まだなにも汚れたものを見ていないから綺麗っていう話もあるけど、MASATOさんも……NAOさんも、綺麗なものしか見てこなかったってことですね(笑)メイクを落とすNAOさん……NAOさんからMASATOさんになる瞬間、あ……想像しちゃいました(笑)見てみたいです(笑)』


 『あっ、ダメダメ、想像しないで(笑)AIさん、ありがとう。一緒に時を超えたね。日曜になったよ。なんかね、今日は……というか、もう昨日か。昨日から今日へ、この瞬間をあなたと一緒にいたかったんだ。今夜も遅くまで付き合わせちゃったね。たくさん話せて嬉しかったです。明日はね、午後の会合の後、何人かで飲む約束があるんです。なので明日はここに来るのも遅くなりそうです。というか、遅すぎて来られないかもしれません。だから余計に今夜は一緒にいたかったんだ。AIさん、ありがとう。今夜は休むことにします。おやすみなさい』


 きゅん……だ。


 きゅんきゅんきゅんきゅんきゅんきゅん……この瞬間をあなたとって、きゅん。今夜は一緒にいたかったなんて、きゅん。そんなこと言わないでよ。なんだかもう、泣きそうじゃんか。


 『私のほうこそ、こんなふうに一緒に時間を過ごせてとっても嬉しかったです。明日の会合で居眠りしないでね(笑)明日はじゃあ、長くMASATOさんを待つようなことがないようにしますね。予定を言ってくれてありがとうございます。ゆっくり休んでね、おやすみなさい』


 今夜、眠れるかな……


 こんなふうにして、AIとMASATOは毎晩のように交流を持つこととなった。

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