第60話目 交流42

 『いやいやいや、意識とか全然そういうんじゃないですよ。吊り橋効果……なるほど、そんな言葉もありますね。確かに、危機感から記憶にインプットされた感は否めませんけど、さすがにね、生徒ですから意識とか全くないですよ。でもたまたまそんな出会い?でしたから、ディズニーで見かけたことや髪のことも気にかけたというか、あれ?と思ったというか、まあ、それだけですって。生徒に対してよこしまな感情は全く持ちようがないです』


 ……そこまで強く否定しなくてもいいじゃん。


 美容院に行くという振りをすれば、もしかしたら愛美との昼間のやり取りを思いだしてくれるのではないかと、そんな期待を持ちつつそう書くと、予想通り、MASATOは愛美のことを書いてきた。


 何があったのではないかと、そこまで気にかけてくれていたことが嬉しかった。けれどこの反応はやはり寂しい。そこまで言われなくても、ただの生徒の一人だってことはわかっていた。そこまで言われなくてもわかってるさ。けれどやはり少し寂しい。MASATOにとって、愛美はAIではないのだから。


 『よこしまな感情は持たないMASATOさん、じゃあ今の階段の彼女に対しての気持ちは、たてしまな感情ってことですかね(笑)MASATOさん、土日は連休ですよね?やっぱり部活の指導があったりするんですか?副顧問でしたよね。……どんな指導をするのかな……もしかして、すごい怖い先生だったりして?(笑)』


 『たてしまな感情?AIさん、面白い表現をするんですね。というか、AIさんもそんな冗談を言うんですね(笑)明日は午前は部活に顔を出します。因みに、そんなに怖い先生ではないですよ(笑)むしろね、顧問が厳しいんで、自分はソフトな感じで対応するように心がけています。午後はAIさんが美容院と聞いて、自分も美容院に行ってこようと思っていたところです。日曜は、記事にも書いた、クリニクラウンの活動のための集まりに行きます。GWにね、病院を回るんです。家に帰ることが出来ない子がいますから、家族で少しでも楽しんでもらえたらと思って。入院している子だけでなく、面会には家族で……兄弟もお見舞いに来てくれたりするんでね、そんな子たちにも楽しんでもらえたらと思って、ちょっとしたイベントみたいにやるんですよ。またそんな活動も記事にしようと思っているんです』


 クリニクラウンの活動か。MASATOの日常は充実している。土日だって、きっとダラダラ過ごすことはないのだろう。はじめてクリニクラウンをしているという記事を読んだ時のように、MASATOのその活動が優し気で、どうしたことだろう、何故か胸が熱くなり涙が滲んでくる。


 『MASATOさん、クリニクラウンの活動がまたあるんですね。県内の……お住いの近くの病院など回るのですか?』


 『うんとね、たぶん県内の3ヵ所を回ることになるんだと思う。去年もそうだったからね。この活動はいくつかのグループでやっていて、みんなそれぞれが住んでいるところを中心に回るんだ。だから自分のグループは職場のある市とその両隣辺りの市立病院を回ることになると思うよ。その辺の日程や時間も、日曜にはハッキリすると思う。あっ、ちょっとそれに関することで記事にしてみようかなと思います。近いうちに記事を書いてみますね。……AIさんに、見て欲しいです』


 私に見て欲しい?その言葉に冷めかけていた胸がまた熱さを増し、MASATOが私に見せたいものとは何なのか、それが気になって仕方がなかった。


 『それに関することで見て欲しいって、どんなことかしら?なんだかワクワクしてきました。MASATOさんの記事、楽しみにしていますね。それにしても、クリニクラウンの活動って、大勢やっているんですね、ちっとも知りませんでした。こんなふうに私が知らないことを教えてくれるMASATOさん、いろんなことに興味があって、それを実現しているMASATOさん、なんだかいつも家で過ごしてばかりの私には、MASATOさんのそんな日々の一コマが、本当にワクワクなんです。私の知らないこと、これからもいっぱい教えてくださいね』


 本当は、そのクリニクラウンをしているところを見てみたいと愛美は思っていた。が、病院の中で行われるその場所に、部外者の自分が行けるはずもない。


 愛美はMASATOの返事が入るまでの間、自分が住む藤崎市、ラーメン屋のある津田市、そして津田市とは反対側の藤崎市の隣、国山市の3つの病院のホームページを開いた。すると、GWに行われる病院内のイベントについて、それぞれ書かれていた。


 藤崎市の病院のホームページには、面会時間に行われる『クリニクラウンが来る!みなさん、お楽しみに!』の案内があり、そこには部外者立ち入り禁止とは書かれていない。それは小児科のロビーで行われるイベントで、愛美も行ったことがある病院で、ロビーの様子もなんとなくだが覚えがあった。面会時間ならば、もしかしたら……そんな微かな期待しつつ、去年のイベントの様子が写し出された写真を見ていると、そこに……MASATOがいた。


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