第59話目 交流41 MASATO

 AIのゲストページの返事を目にして、昨夜と同じように胸の高揚を感じた。


『おかえりなさい』その言葉が、今夜も嬉しい。明日は、『ただいま』って入れてみようか。あっ、明日は仕事が休みだし、『ただいま』はおかしいか。ネコさんの書き込みにあった独り言のことも、AIさんは気にしている風でもないし、それよりも今夜も自分が来てくれるかと期待していた、待っていた。その言葉に自分の気持ちを一気に持って行かれた。


 人と人の出会いというものは、タイミングが大事なのかもしれないなと、つくづくそう思う。自分が塔子と別れていなければ、AIも単にブログで交流を持ったゲストの一人のまま、特に意識することもなかっただろうと思うし、そこから発せられる言葉に、ここまで慎重に対応していたかもわからない。そうした交流の結果、思いがけず近くに住んでいるかもしれないということも知ることができ、運命かもしれないなんて、いい歳した男がそこまで思うのだから、だからこそ、この出会いにはきっと意味がある。なんだかそんな気がする。


 AIさん、明日は美容室に行くんだな。


 その言葉を読んで、何故か今朝の光景が頭に浮かんだ。


 あの子、階段でノートを浴びせかけそうになった、ディズニーで見かけたあの子は寺井さんといったか。朝、新任新採と共に挨拶がてら裏門の駐輪場の案内をしているときに偶然見かけたのだが、最初、あれ?あの子は、あの子だよな?と一瞬違和感を感じ、この違和感はなんなんだ?と思う間もなく、その髪がだいぶ短くなっていることに気付いた。長かった髪をあんなに短くしてしまうなんて、何かあったのだろうか?


 昼前に事務室前で見かけた時に一緒にいた増本が声を掛け、増本のクラスの子で名前が寺井だというのはその時にはじめて知ったのだが、つい、髪のことで声を掛けてしまった。


 AIさんが美容院へ行くという言葉で、そんな今日の光景が思い出された。やはり4月になったことだし、ここで髪を綺麗にカットしようと思う人は多いのだろう。そういわれてみると、自分の髪もだいぶ伸びてきていることもあり、明日、カットに行こう。午前には部活の指導があるから、それが終わったらシャワーを浴びて髪を洗って、それから美容院に行こうか。


 直人は塔子と過ごさなくなり持て余していた休日の予定を決め、今夜ももう少しだけ、AIと話をしていたい。そう思い、話を続けるための話題を探っていた。


 『AIさん、明日は美容院ですか。美容院と聞いて今日の一コマが思い浮かびました。以前記事にした、階段での出来事、覚えていますか?ノートをぶちまけた話……それとディズニーで見かけた話ですけど、その時の生徒を今朝見かけたんですけどね、その子が長かった髪をバッサリ切ってるんです。一瞬、知ってるのに誰なのかわからなくて、えっ?なんかあった?って思ってしまいました。自分のクラスの子じゃないので、どうしたのと声を掛けるのも変だなと思っていたら、また廊下で偶然見かけてね、一緒にいたその子の担任と、思いがけず髪のこと聞けたんですけど、なんか……ちゃんとした返事はなかったなって。あんな長い髪を切ってしまうなんて、女性にとってはかなりの心の変化があったんじゃないかと思うんですが、AIさんはそんな長い髪を一気に切るとか、髪型を大きく変えるとか、そんな経験はありますか?』


 『髪型ですか?そうですね、実は私も高校生の頃、長くしていたことがありましたけど、思い切って切ったことがありました。私の場合はですけど、失恋というより……むしろ恋をしたとでも言えばいいのか、気になる人ができたんです。でも、その人の視界にはきっと私はちゃんと映っていないってわかっていたので、意識してもらいたいというか、イメージチェンジして目を留めて欲しかったというか、そんな気持ちがありました。その人って、年上だったこともあって、ちょっと大人びた感じにしたかったというか……と、参考になるかどうかわかりませんけど、失恋したからだけじゃないかもしれませんよ。でも……もし失恋だったら……それだけバッサリ切っちゃうんだから、少し気にしてあげたらいかがでしょう?』


 AIさん、恋したから大人っぽくイメチェンか……そういえば、AIさんって、彼氏いるのかな?バトンのときは、いませんって書いていたけど、もしかしたら好きな人とか……いるのかな?


 MASATOはAIの恋なんて、あまりに現実味がなく感じていたことで、やはりここは現実とは違う場所なのかと寂しく感じ、もっとAIのことを知りたい。そんな気持ちが強くなっていた。


 『なるほど!恋をしたからのイメージチェンジってこともあるんですね。その逆もあるかもしれないし、まあ、自分は担任でもないし学年も違うんで、実際関わりはほとんどないので、気にするといっても……何をどうしたらいいのやらな感じなんですけど、見かけたらあいさつ程度でも声をかけるようにしてみます。……AIさん、その頃に恋をしていたんですね。どんな恋だったのかな……ちょっとだけ、気になります(笑)』


 『私の恋ですか?残念ながら、眼中にもなさそうなままで、全く相手にされませんでした(笑)まあ、髪を切ったことには気づいてもらえて、似合うねとも言ってもらえたんですけど、心の中に違う人がもういたようです(笑)恋をするって、難しいですよね。あっ、難しいのは恋をすることじゃなくて、想い合えること……ですかね。それにしても、MASATOさん、最近その階段の彼女のことがよく話題に出ますね。なんかちょっと、階段での出来事から意識しちゃってます?吊り橋効果みたいな感じとか(笑)』


 想い合えるか。そうだな、想い合えていると思い込んでいた塔子とも、想い合えていなかったわけだし、想い合えたままでいることって、難しいんだな。


 AIのそんな言葉からも、何故か今は温かみを感じる。塔子のことを思い起こさせられる言葉なのに、AIが発している言葉だと思えば、何故か自然とすとんと心に納まる。


 これは、AIの言葉だからではなく、自分の心がそうさせている。そのことも充分にわかっていながら、それをさせてもらえるAIの存在が、今は本当に有り難かった。

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