第54話目 交流36

 愛美が家に帰ってくるのと、そう時間をおかずに母と美菜が帰ってきた。


「マナ、やっぱマナの方が早かったんだね?」


「うん、でも今帰ってきて着替えたばかりだよ。それ、片付けるから」


「ありがとう。お昼、何にする?パスタでも作ろうかと思うけど、なんかめんどくさいかな……今日も食べに行っちゃう?」


「えっ?いいの?行く行く」


「じゃあ美菜も着替えてきて」


 愛美より先に反応した美菜に母が声を掛け、2人揃って2階へ着替えに向かった。その間に、愛美はキッチンで水に浸かったままの食器を片付けながら、ラーメンがいいな、言ってみよう。お母さん、今日は仕事休みだし、もしかしたら隣の市まで行ってくれるかもしれないし……なんて言い出そうかな。


「どこに行こうか」


「ラーメンでもいい?私、行ってみたいところがあるんだけど、お母さん今日休みでしょ?津田市の金蔵っていうラーメン屋さんが美味しいって、クラスの子が言ってて、他の津田市の子もよく行くって言ってるのを聞いたら一度行ってみたいと思ってたんだけど」


 昨日調べておいた片方の店の名を出してみた。


「金蔵?それ、こっちの駅の近くにもあるよ。確かそこが本店」


「え?そうなの?」


「あー、でも駅の近くで駐車場が少なかったかも。津田市のほうが郊外で駐車場も広いかもしれないから、そっちに行こうか。美菜もラーメンでいいでしょ?」


「いいよ。外でラーメン食べるの久しぶりだね」


 思いがけずラーメンを食べに行くことになり、しかもMASATOが行ったかもしれないお店に上手く誘導できたことで、愛美の心は高揚していた。MASATOはそこのつけ麺が好きだと言っていた。昨夜、つけ麺は食べたことがないと言ってしまったので、つけ麺を食べてみたこと、丸蔵のラーメン屋さんに行ったこと、いつ話そうか……まだ経験していないことをさも経験したかのように文章を考えている自分が、なんだか可笑しい。


「ラーメン屋さん、どんなのが美味しいんだって?」


「うん、なんかね、食べたことないんだけど、魚介系のスープでね、つけ麺とかあるみたいだよ。あとキムチが入ってたりもするらしい。辛いのもあるみたい。私は今日はつけ麺にしようと思う。それが美味しいって聞いたし」


「つけ麺って、食べたことないね。私もそうしよう」


「つけ麺って、家でもやらないもんね。じゃあ今日はみんなつけ麺にチャレンジしてみようか」


 そんな話で盛り上がりながら、車はどんどんあの高い山に向かって走っていき、駐車場に着く頃にはその山はすぐそこに見えるくらいの近さだ。


 美味しいと言っていたMASATOの言葉を裏付けるように、平日なのにかなりの数の車が止まっていて、入り口には待っている人の姿が見えた。やっぱりMASATOが言っていたお店はここで当たりかもしれない。


「ここ、美味しいみたいだね。こんなに人が多いんだもんね」


「長く待つかな?」


「大丈夫でしょ?ラーメン屋さんだもん、長居する人いないと思うし」


 母のその言葉の通り、店内から立て続けに数人のグループらしき数人が出ていき、並んでいた人たちが次々に呼ばれて行き、それからほどなくして愛美たちも呼ばれた。


 頼んだつけ麺は、実際、初めて目にするもので、しょうゆベースの汁の器にはチャーシューが2枚かけるように乗っかり、脂が少し残る汁にネギが浮かんでいた。皿に盛られた麺の横には、煮卵があり、これは汁につけて食べるのかそのまま食べるのか、一瞬考え込んでしまった。


「おいし~」


 麺を汁に浸して一口食べた美菜がそう言うと、それを聞いていた母が、まずレンゲでスープをひと口すすった。


「ホントだね、美味しい。思っていたよりあっさりしているし、美味しいわね」


 周りを見渡すと、同じようにつけ麺を頼んだ人が、一人ずつの盆に乗る小皿に盛られたキムチを麺と一緒に掴んで汁に付けていたり、キムチを全部汁に入れてしまう人もおり、どうしようかと思ったが、まず麺だけ汁に付け食べ、キムチと一緒に食べてから、キムチを全部汁に入れた。


「お姉ちゃん、そういう食べ方の方が美味しい?」


「好きずきだと思うけど、この方がキムチ感が和らぐ感じでいいかも」


「私もやってみよ」


そう言って、美菜もキムチを全部汁の中に投入した。


 MASATOはどんな風にして食べるのかな?明日、髪を切ってきたという記事をあげて、そのあとにラーメンを食べてきたってことにしてみようかな。そうしたらきっと、MASATOとラーメンの話ができるだろうし、その中で、MASATOがどのラーメン屋に行ったのかというところまで聞けるかもしれない。帰ったら、まずその記事を書いてしまおう。


 愛美はMASATOも食べたかもしれないつけ麺を、その感想もちゃんと書けるように、じっくりと味わいつつ、口に入れたらすぐに形がなくなりそうな柔らかいチャーシューに感動しつつ、チャーシュー麺にすればよかったなと、冷め始めた汁に少しだけ残念感を味わっていた。


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