第52話目 交流34
「マナ、もう出るでしょ?」
「うん、今から出る」
「あれ、やってるヒマがなさそうだから、マナの方が早かったら頼んでいい?」
そう言って、既にスーツ姿の母が指さしたキッチンには、水に浸けた朝食の食器が洗われずにあった。今朝は美菜の入学式へ参列するため、だいぶ早起きをしたようだが、そこまで手が回りそうもないらしい。優先順位の一番最後が食器洗いのようだ。
「ねえお姉ちゃん、これ、結び直して」
セーラー服のスカーフを春休み中何度も練習していた美菜は、今朝は思い通りに行かないらしく、紺のスカーフを愛美の目の前に差し出した。
「何度も練習してたじゃない。しょうがないなぁ」
そう言って、美菜のセーラーの襟の中に三つ折りにしたスカーフを挟み、いかにも慣れた人が結んだふうな、襟から覗く部分は結び目と対象になるようにし、結び目もふんわりとしていて見栄えよくできた。2年も結んでなくても、3年間で手に馴染んだものは自然とできるから面白い。
「お姉ちゃんのリボン、いいなぁ。やっぱお姉ちゃんと同じ高校にしよう」
美菜は愛美のリボン型に結ばれたえんじ色の大きなリボンに目を留めていた。
「はい、できたよ」
「わぁ、ありがとう。やっぱお姉ちゃんがやったほうが綺麗にできるね」
「明日は自分でやりなよ」
愛美はそう言うと、「いってきます」と洗面所にいる母親に声を掛け、玄関に向かった。
ちょっと遅くなっちゃったかなと、自転車を漕いで待ち合わせ場所に着くと、一緒に登校している純が走ってくるところが見えた。
「おはよう」
「おはよう。マナちゃん、髪、そのくらいにしたの久しぶりじゃない?思い切ったね」
「まあね。でも去年の純ちゃんのいきなりのベリーショートに比べたら全然長いよ」
純は愛美が思い当る子供の頃から肩にかかるくらいの長さで、その感じで去年までいたが、ある日いきなり見たこともないほどの短さにし、周囲を驚かせたし、待ち合わせ場所でその姿を目にし、一瞬誰かわからないほどだった。何故急にそんな短くしたのか、今もって謎のままだ。純に聞いても、心境の変化というばかりだったのだ。
「今日って11時頃には終わるじゃんね」
「そうだと思う。午後は入学式があるから早めに学校追い出されるんじゃない?」
「クラス替え、どうなってるかな?マナちゃんのとこは2クラスだけだから半分は同じメンバーだからあんまり変化がないかもね。私んとこ、5クラスあるからなあ……やっぱ不安」
5クラスある普通科に通う純がクラス替えがあるのはやはり気がかりだろう。同じ中学からも何人かこの普通科に通うが、みなが同じクラスになれるとも限らない。最後の高校生活は早々に修学旅行もあるし、このクラス替えのメンバーはかなり重要になる。そのため純の今朝の重い気持ちは言葉からひしひしと伝わってきた。
「今日さ、先に終わったほうが教室の前まで迎えに行くことにしない?」
純の不安を少しでも解消できるかもしれないと思い、愛美が提案した。
「うん」
あまり車の通らない堤防を並んで走りながらそんな話をしているうちに広い道路に出た。いつものように純を先にやり、一列に走り始めて無言のまま学校に到着した。裏門に面した校外にある2階建ての駐輪場に着くと、お互いクラスメイトなどの知った顔がいくつかあったが、そこはいつも通り、純と2人で自転車を置き駐輪場から出て、車道を渡ろうとしてその姿が目に入った。
裏門から入ると、そこに真崎先生がいた。いや、正確には真崎先生と、もう一人見知った顔の教員と、初めて目にする教員らしき2人がいて、挨拶をしながら何やら駐輪場を指差して話している。転勤してきたのか新規採用かはわからないが、はじめての職場での説明など、挨拶ついでにしているのだろう。
愛美はなるべく真崎先生の顔を見ないように、そこに視線を移さないようにしながら「おはようございます」と、歩きながら頭を下げ通り過ぎた。恐ろしいほど胸の鼓動が高まり、自分のその仕草が怪しまれないか不安になるほどで、通り過ぎてピロティに差し掛かるところで、まるで知り合いに呼ばれたかのようにスッと振り返り、真崎先生を見た。挨拶して振り返るまで、ほんの数秒か……振り返った瞬間、真崎先生の視線がこちらに向いていることに気付き、わぁ……ヤバイ……と思い、視線を動かすと、そこに去年まで同じクラスだった明美がやってきた。
「おはよう」
わざとらしくならないように、明美が先に自分に気付いて声を掛けてきたんだとでも言うように、真崎先生を視線の隅に捉えながら、明美に挨拶した。その時、視線の隅に捉えていた真崎先生が、微かに首を傾げるところも、ちゃんと視覚の中に捉えていた。
純と、明美と一緒にいた隣のクラスの智恵と共に前を向きながらピロティ―を超えたところにある掲示板に張り出されているクラス替えを確認しに行った。本当は純と2人でそれを見るつもりだった。純のクラス替えを目にしたときの反応によっては、慰めが必要かと思ったからだった。が、それを目にした純の表情が、パッと明るくなったので、愛美はホッと安心し、自分のクラス替えを目にした。
「マナ、今度は智恵も一緒だよ」
と言ったのは明美だ。
「マナちゃん、よろしく~」
「智恵ちゃん、こちらこそよろしくね」
クラスは違えど、同じ専科の智恵のことも見知っていたので、お互い軽い挨拶を交わした。
ほかのメンバーはと目で追うと、何とラッキーなことに一緒にお弁当を食べている6人ともが同じクラスだ。つかず離れずなこのメンバーが一緒ならきっと居心地はいい。が、半々に分かれて新たに一緒になる子たちの中に、この6人と特に親しい子がいると、このバランスは崩れるかもしれないと、一抹の不安を感じながら、
「よかった。多恵ちゃんや早苗ちゃんが同じクラスだった」
と、仲良くしている2人と同じクラスになったことで安心顔になった純のそんな呟きを聞いていた。
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