第51話目 交流33 MASATO

 宮前塔子と初めて出会った時、名前に「塔」という字があり、自分の意識を持って行かれたということもあったのかもしれない。


 高原山のその電波塔は、山の下からも当然ハッキリ見えていた。そこからの原風景が自分を創り上げてきた一部になっていて、そこにある塔は、ある意味、自分がいつも目指す場所でもあったのだ。


 だから……だから、そこに塔子を始めて連れて行くときに、そこでプロポーズをしようと決めていた。それも、遠くない未来に。


 だからだ。


 今夜そこに行くことには、実際相当の覚悟が必要だった。前夜の、大きな感情のうねりの後では、どうしたって心の整理をつけ難い。


 一緒に行ってプロポーズをと考えていたその場所に、今の自分が一人で登っていくことで、そこで自分を襲う感情を自分で処理できるのか不安もあったし、今日は行かないという選択肢もあった。が、何かにつけ『始まり』の覚悟をそこで固めてきた自分の今までの行動を否定するようなことも絶対にしたくなかった。


 山の上では、隼人と見た初日の出のその場所で、塔子にプロポーズをしようとしたそのこと自体を、頭の中に思い出さないように意識を別の方に持って行き、そこから少し離れた場所で、眼下に広がる広大な薄闇の海と、そことは反対にキラキラと見える街明かりのいつもの光景を目にし、「ここはいつもと変わらないんだな」と、そんなことを呟くと、「あぁぁぁぁぁっ」とひと吠えし、何かを振り落とすように頭をブルブルっと2~3回振ると、ふらっとよろけた。


「気持ち悪っ」


と、その一瞬の気持ち悪さが、意識して頭の中から追いやっていても、どうしても消えていなかった塔子への意識も、一瞬だけどこかに追いやってくれた。


「ふぅ~~~っ。金蔵のラーメンでも食べて行くか」


 ドライブスルーでハンバーガーでも買って帰るかと思っていたが、なんとなく子供の頃から親しんだ味が恋しくなった。気持ちのどこかに、幼い自分がいるその場所からまた始めようという、そんな気持ちがささやかながら出てきていたのかもしれない。


 直人の実家から車で10分とかからない場所にあるそのラーメン屋は、今現在直人が住むアパートの近くにも同じ名の店があり、実はそこが本店だったというのは、高校生になって知ったことだった。その本店のほうには、塔子とも何度か行ったが、その本店のほうにはしばらく足が向かないだろう。同じ味のラーメンだが、店の内装に多少の違いがあり、やはり自分には実家近くのこの店の方が、口に馴染んでいるし、塔子ときたことのないこの店は、塔子の思い出がなくていい。今思えば、それはよかったことに思う。


 そうして帰ってきての今だ。


 ラーメンの話題から思いがけずAIが同じ県民、しかもこの山からの景色にピンとくるとしたら、そう遠くないところにいる人かもしれないことがわかり、なんとなく……本当に、なんとなくだが、こんな言葉をいい大人の男の自分が思うことすら滑稽な気もするが、なんだか本当に、このタイミングでの出会いは……運命の出会い……というものが、実際あるんじゃないかという気がしてきていた。まあ、それを言ったら塔子との出会いも、塔の字からそう思った気もするのだが。


 時計は既に翌日になっていた。さすがにもう寝ないとと、直人はパソコンを消すと、熱いシャワーを浴びに浴室へ入っていった。今日は午前は始業式、午後に新1年生の入学式だ。午前は大して忙しくはないが、今年度1年生を受け持つ直人は、入学式でもクラス全員の呼称、入学式後は教室でホームルームがある。初っ端から目にクマの出た寝不足顔じゃ締まらないからな、しっかり寝なければ。そんなことを思いながら髪を乾かすと、ベットに潜り込んだ。


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