第50話目 交流32 MASATO

 〇△ちゃんのラーメンと聞いて、まさかと思いつつ同県民なのか聞いてしまった。そのコメントを投稿してから、そういう個人情報的な部分には触れないほうがよかったかなと、一瞬後悔もしたが、返ってきた返事には、山からの景色を見て言おうか悩んでいたというものだった。AIさんも、現実の個人情報の部分には触れないほうがいいかもしれないと思ったんだろう。そうしたところも、好感が持てる。


 にしてもだ。


 同県民だったとは……ただでさえAIという存在が心の救いになるかもしれないと感じていたところに、思いがけず意外と近くにいるのかもしれないとは、なんだかこれって、少女漫画だったら、「運命」なんて言葉が出てきそうだなと、いい大人になった男の自分がそんな言葉を思い浮かべるとは、なんとも可笑しなものだ。


 にしてもだ……


近くにいるかもしれないそのことが、なんだか妙に嬉しいし、あったかい。


 直人はAIとのやり取りをしばらく目で追っていた。「おやすみなさい」と言った今夜は、もうAIからコメントが入ることはないだろうとわかってはいたが、そこから去りがたく、先程のやり取りの中で、自分が行ったラーメン屋も、AIには心当たりがあるんだろうなと思いつつも、つけ麺を食べたことがないというその言葉で、行ったことはない店かもしれないな。そんなことを思い浮かべながら、そうだ明日は帰りに〇△ちゃんのラーメンを買ってこよう。自分も子供の頃にはよく食べたものだし、なんとなくAIさんが好きなラーメンが食べたくなった。2日続けてラーメンも、全然平気だ。食べることにそこまで煩くないと自負している。


 直人は山の上にいたのがつい数時間前だったのに、随分と時間が経っているように感じていた。自分は本当に数時間前に山にいたんだろうか?


 初めて登ったのはいつだったろう?高原山の中腹には山の公園があって、子供の頃にはそこでよくお弁当を食べたものだ。時には母と兄と3人で、時にはそこに父も混ざり、小学生になると友達何人かで休日にお弁当持ったり、おやつを持ったりしてそこで長い時間遊んだものだ。大した遊具があるわけじゃない。滑り台にブランコ、鉄棒にタイヤが半分埋まったやつなど、どこの公園にでもありそうなものばかりだったが、山から見渡せる広大な海に面したそこのベンチに座ると、自分が途轍もなく大きくなったような、そんな錯覚に陥るから不思議なものだった。公園にいるのもそうだが、そこまで山を登る、そこで目にするあれこれが楽しかったようにも思う。友達が一緒だったらなおさらだ。


 そんな自分の原風景を、もちろんだが塔子にも話したし、いつかそこへ連れて行こうとも思っていた。


 頂上付近には大きな電波塔が立ち、中腹の公園よりさらに高いところから見るその景色を、自分の意志で目指した一番最初の時はいつだっただろう。


 あれは高校受験のある年明けのその日、当時、一番親しくしていた同じ高校を目指していた伊原隼人と2人で日の出を見ようと、山に近い直人の家の前に5時の待ち合わせで登った、あの日が一番最初だ。


 歩いて登るなら2時間くらいかなという父の言葉で待ち合わせを5時にしたものの、話をしながらだったこともあり、しばらくしてこれじゃあ日の出に間に合わないのではないか、同じように山頂を目指す人たちの声は、だいぶ前から聞こえているように思えた。


 ただでさえ山道なのに、途中からとはいえ急いで登っていったので、山頂に着く頃には脹脛はパンパンになっていたが、そこからはじめて見た初日の出は、言葉では言い表せないほどに感動した。


 隼人と2人で、その初日の出に高校受験の合格を祈り、保温のできる水筒に入れた甘酒を二つの紙コップで分け合いながら、多くの人がそうしているように、石畳の端の部分に腰を下ろして、隼人が持ってきたタマゴサンドを分け合った。これは母親同士で持たせるものを話してあったそうだ。いつもならばそんな時間に山に登るなど猛反対するのだろうが、大晦日から初日の出を見るために山に登る人は、かなり多く、登り口も直人たちが登り始めた場所以外にも2つのルートがあり、3つのルートから登ってきた人たちで、山頂にある月見里平には多くの人で賑わっていた。それもあって、「この日だけよ」と、2人で登ることを許可してもらった。


 それからの3年間は、初日の出を拝むために登っていた。大学受験のセンター試験の年の初日の出も隼人と拝み、県外の大学に進んだ隼人と初日の出を毎年ということが難しくなり、直人は自動車の免許を取ると、一人で登る初日の出だけでなく、事ある毎に自動車で登れる電波塔の辺りまで行くようになっていた。


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