第42話目 交流24 MASATO



 AIを想い耽りながら更新ボタンをまた幾度も押すことなく、返事はすぐに入った。


 髪は天パでパーマいらずか。どんなだろう?今まで職場で目にした何人かの女性の髪形を思い浮かべたけど、どうもしっくりこない。当たり前か。AIさんを知らないんだから。高校時代は校則が厳しくて天パをパーマかけていると疑われたって?まるで自分の職場と同じだな。そうだ、以前そんな署名運動があったって隣席の篠宮が言ってたことがあったな。そうだ、そんなこともコメントに書いてみよう。


 直人はそのコメントを内緒で入れた。自分の学校の中身に触れる部分でもあったので、内緒にした。


 基本的には誰が読んでもいいブログだというつもりで書いているし、知人にもこのブログの存在を知っている人もいる。それは『自分』に関することだけで、それ以外の部分を書く時には注意が必要だ。そうした慎重さは、AIにもあるように思えた。


 コメントを投稿した時、先の返事がすぐ入るだろうかという不安は、もうなかった。AIは画面の向こうにいて、きっとすぐに返事を入れてくれるはずだ。何故かそれが確信に変わり、安心して返事を待った。


 そしてAIからの返事がすぐに入り、そこにAIが嬉しいと書いてくれている。飽きた自分の趣味の話を聞きたいと言ってくれる。不思議だ、AIに自分のことをもっと知って欲しいという気持ちにさせられる。そうか、AIさんは、『聞いてくれる』んだ。自分の話を聞いてくれる。それがこんなに嬉しいことだったんだ。


 何度かのコメントのやり取りをして、AIの、『本当に話しているみたい』という言葉には、自分も同じ気持ちでいることを伝えたくなり、そう素直に書いた。不思議だ。内緒だから素直になんでも書ける。楽しい。けれど、この会話の流れは、もう続きを書けるようなものではない。それが寂しく感じた。


 こうしたやり取りは、どう終えればいいんだろう?そう思っていたところに、AIのコメントが入った。


 『内緒さん、たくさんお話してくれてありがとうございました。いっぱい話せてとっても嬉しかったです』


 そうか。


 そのコメントを読んで、今日、最後になるコメントを内緒で投稿した。


 『こちらこそ、たくさん話せて嬉しかったです。遅くまで付き合わせちゃいましたね。AIさん、明日の仕事に支障がないといいけど…自分も、もう寝ますね。じゃあ、おやすみなさい』


 『大丈夫ですよ。……おやすみなさい』


 そのコメントはすぐに入った。直人は、「ふぅ~~」っと深い溜息をつき、ビールに手を伸ばした。ぬるくなり始めたビールがなぜか美味しく感じ、残り少ないポテチをビールで流し込むと、パソコンを消し、シャワーを浴びようと浴室に向かった。


 涙は既に渇いていた。が、明日、自分の顔が、目が、腫れるんじゃないかと心配になり、洗面器に水をいっぱい溜め、そこに息が続く限り顔を浸けた。


「さむっ」


 やっと春が来た季節のその水はとても冷たく、ブルッとひとつ震えた身体を熱いシャワーで包み込むと、直人は目を閉じ、AIを思い浮かべようとしてみた。


 けれども、それは殊の外難しく、いつの間にか、自分の身体を熱くする、自分を包み込むその人が、なぜか塔子の姿となり、恐怖が湧き上がり目をカッと開け放った。

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