第40話目 交流22 MASATO



 AIさん、お菓子作りするんだ。しかもベイクドチーズケーキ?レアチーズケーキも作れるんだ。


 MASATOはAIが作るベイクドチーズケーキがどんななのか思い浮かべようとし、その思い浮かんだベイクドチーズケーキが塔子と行った海沿いのカフェのものと重なり、苦笑した。


 中学生のころから、誕生日やクリスマスは母がリクエストに応じてそれぞれが好きなケーキを買ってくるようになり、直人はいつもチーズケーキを頼んだ。母は毎回ベイクドチーズとレアチーズを買って、毎回2個が我が家の習慣だった。学生時代は自分で買うことがなかったケーキも独り暮らしをし、誕生日やクリスマスくらいはと買い出してから、それ以外でも初めての店があるとつい買ってしまう。


「直人は本当にチーズケーキが好きね」


 塔子はそんな直人のために、時々チーズケーキを買って持ってきたし、デートでカフェに行くときも、必ずと言っていいほど出先での美味しいチーズケーキのあるカフェを調べていた。付き合ったのは塔子だけではないけれど、他の女性とチーズケーキを食べたこともあるけれど、思い浮かべようとすると塔子とセットになってしまう。まだ塔子の存在が直人の中に大きく残ることを実感した。


 AIさん、チーズケーキもUPしてくれないかな……


 そうしたら、もしかしたら記憶の上書きができるかもしれない。そんなことを思いながらコメントを書いていると、AIから今度UPしてみますとコメントが入った。


「そうだ!バトン」


 直人は以前、ニコさんから回ってきたバトンの存在を思い出した。コメントに一区切りがついたことで、たった今、AIが間違いなくパソコンの前にいたのに、そこから消えてしまうような焦燥感を覚え、なんとかここに繋ぎ留められないか、何か記事を書けば……急いで書けそうな、AIがパソコンの前にいるうちに書けるものを……そこでバトンの存在を思い出したのだった。しかもこのバトンならば、AIのことをもう少し知ることができる。直人は急いでバトンに取り掛かった。



 バトンを書き終え急いで更新ボタンを押し、思い出したように直人はトイレに立った。用を済ませて急いでパソコン画面に戻り、画面を更新するも、まだ変化はなし。「そりゃそうか」記事を投稿して5分と経っていない。塔子のことを思い出していたためか、無意識に窓際に置いたアボカドに視線が向いた。


「あの水も変えておこうかな。芽が出たらAIさんに見せられるし」


 塔子を思い出していたから目を留めたはずなのに、塔子に見せたいではなく、咄嗟にAIに見せたいと思った自分の心の変化に、塔子との距離が広がっていく気がして、抑えていた感情が湧き上がってきた。


「なんで、なんで俺じゃダメだったんだ。意味が分からない。直人は何も悪くないって、なんなんだよ。他の男がよくなってたのに、なんで抱かれることができるんだよ、おかしいじゃないか。いつもと変わらない夜を一緒に過ごしながら、いつ別れを切り出そうか考えてたのかよ。気持ち悪いよ。考えられない、信じられない。俺だってもう無理だ!そんな女はもう絶対に無理だ!」


 アボカドを持っていた手を大きく振り上げ、渾身の力を込めて玄関のたたきに打ち付けた。別れを告げられた日に同じことをしようとしなんとか止まった行為を、感情の何かが切れたがごとく、今度は止めることができなかったのだ。一瞬小さく跳ね上がったアボカドは、できていた割れ目で二つに割れた。それが自分と塔子と重なり、直人は塔子と別れてから、はじめて泣いた。


「誰か、誰か助けてくれ。どうしたんだ、どうしちゃったんだ。こんなんじゃなかったはずだ。誰か……誰か、助けてくれ、どうしたらいいのかわからないよ……」


 常に理性的であれと自分に言い聞かせ、感情を大きく出すことをしない直人は、はじめてのこの激しい感情に自分でも大きく戸惑い、その感情の処理ができずに、飲み込んだ石を吐き出すこともできず、ただただ嗚咽していた。


「AIさん……」


 嗚咽しながら、ポツンと灯る明るい画面の向こうに、今、いてくれるはずのAIに必死に意識をもって行き、直人は救いがそこにあるような気がして、それを求めるように画面を更新した。


 今は、それしか思いつかなかった。


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