第35話目 交流17
愛美はコンビニから出てきた真崎先生を目にして、思わず顔を背けた。
車の後部座席の硝子は紫外線防止のための薄暗いシートが貼られていて、中はハッキリとは見えないのはわかっていたのに、思わず顔を背けてしまい、そうだ見えるはずないと、すぐに真崎先生に視線を戻した。
その真崎先生は、ちょうど愛美が乗る車の前を通り過ぎるところで、「あ、車なんだ」と思うとほぼ同時に、すぐ隣に止まる車に乗り込んだ。
真崎先生は当然愛美には気づかない。こちらに視線を寄越すことなく車を発進させた。愛美はその黒い車の後姿を見送りながら、『す・245』と書かれたナンバーを目に焼き付けた。
「知り合い?」
車に乗り込んだ母が、愛美の視線をどこからか見ていたのか、そう聞いてきた。
「うん、たぶん先生。同じ学年じゃないけど、見たことあるし」
「お姉ちゃん、フレンチとガーリックのポテト買ったよ。明日のおやつに食べていいって」
曖昧な心のまま、集中できずに美菜のその言葉に微笑みながら頷いた。
コンビニから出てきた真崎先生の姿と、薄暗いまま見た真崎先生の顔を何度も心に浮かべながらの、2割ほどの上の空を抱えたまま、それでもちゃんとスイーツも口に入れたランチを終え家に帰ると、まだパソコンの前にいるはずがないとわかっていたけれど、愛美はすぐにパソコンをつけブログを開いた。MASATOに会いたくてたまらなくなったのだ。姿も見えない、声も聞こえない、言葉だけだけしかないその場所が、今、唯一、MASATOを感じられる場所だった。
そこにいないとわかっていたMASATOのブログは、朝に見たときと同じ状態で、新たな書き込みもなく、もちろんAIのブログにもMASATOからの書き込みはなかった。
愛美は幾度となく読み返していたMASATOの記事を、横顔にヘッドホンをつけたハッキリしないMASATOの顔を、記事を読み返しながら何度も見て、MASATOの姿を追い求め、何度もF5キーを押して過ぎていく午後の時間を見送った。
「あ~あ、こんなんじゃダメだな」
毎日の、午後5時を知らせる鐘が鳴り始め、時計を見るともう2時間以上パソコンの前で、ただひたすらにMASATOの姿を追い求めていた自分に気付き、愕然とした。
私、……たぶん、恋してる。
とっくに自覚はあった。けれども、それはMASATOに対するものなのか、それとも真崎先生なのか、そこを考え始めると胸の中が靄がかかったようになってしまい、そこにいるMASATOは間違いなく階段で目にした真崎先生であり、そこにいた真崎先生がMASATOに違いないのだけれど、真崎先生に恋をしているのかといえば、なんだかそれも違う気がして、同一性があるのだけれど、MASATOはやはり知らない人のような気もして、捉えどころのない自分の感情に、大きく戸惑っていた。
「パソコン消そうかな」
そう思ってはみたものの、……でも、もう5時だし、仕事はもう終わる頃だし、この前、昼休みの頃に書き込んでくれたし、もしかしたら仕事終わってすぐに書き込んでくれるかもしれないし……そう思ってしまったが最後、愛美はパソコンを消すことができなくなってしまった。ここまで待ったんだし、昨夜ももう少しだけ待ってたらMASATOが新たに投稿した記事をすぐに読めたんだし、だから、……待とう。
愛美は自分のページで何度もF5キーを押しながら、その間に何度かMASATOのページへも飛んでいた。
そこには朝のさつきさんの書き込みの他に、昼間、ニコさんからも書き込みがされていた。
『明日に向かってでも、過去に向かってでも、何でも嫌なこと撃ち落として行くって、どう?』
そのニコさんのコメントもまた的確なものに思えた。
愛美は朝から考えていたコメントを自分の下書き用のページに書き始めた。もう少し経ったらMASATTOの記事へ投稿するために。
『銃を撃つなんて、なかなかできない経験ですよね。反動がすごいって、どのくらいすごいんですか?反動が来るということは、その肩の銃の後ろが当たっているところとか、傷めたりしないんですか?』
また、疑問を投げかけることにした。
さつきさんやニコさんのように、嫌な感情を打ち落とすというような、内容を重く受けとめられるような感じではなく、むしろその逆にしてみるというのもいいかもしれないと思ったのだ。それは感情とは別のことを疑問にすることで、重い感情に気持ちを向けるのではなく、楽しかったであろう友人との旅行という面を思い浮かべて欲しいという気持ちからだった。
愛美は、何度か自分のコメントを読み返し、これでいいかなと下書きとした。
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