第32話目 交流14 MASATO
「本物の道化師さんかぁ」
直人はAIからの返事を読み、その瞬間、自分の鼓動が二つ三つドキッと鳴ったことを感じていた。そして、そのことからAIが自分のブログを遡って記事の全部に目を通していたことを知り、こんな相手が誰ともわからない場所でさえ、出来る限り相手を知り交流をして行こうとする姿勢に強い誠意を感じ、それだけでもこのAIという人の性質が見えた気がして、いい人なんだなと感じた。そう知った上での昨日の記事へのコメントや先程上げた記事へのコメントだと思うと、受ける感じが全然違ってくるから不思議なものだ。AIが自分を本気で心配して書いてくれたコメントは、とても暖かなものに感じた。
直人はそこに書かれたAIからの返事の下に、自分がまたクリニクラウンの活動をすることを書いた。AIにそのことを知っていて欲しかったからだ。そしてこのやり取りをしている間中、ずっと重たい石を飲み込んだような感覚になっていた心の中に、小さな灯りがともり、そのぬくもりが重たい石を少しだけ溶かしてくれたように感じていた。
新年度が始まった昨日、市で作っている教員会に行き、今年の活動計画と役員の名簿をもらい目にし、まるで何かの力が働いたかの如く、その一つの名前に引き付けられるように目が留まった。
『鈴木哲朗』その名前は、あの日塔子から聞いた名前だ。まさかその名が今年の役員の中にあるとは、何とも皮肉なものだ。しかも彼が今年の会長で、自分は副会長だ。どうしたって、交流を持たなければならない。知りたくなかったその名前、会いたくなかったその存在、何故塔子はその名前を言ったのだろう。いや、聞いたのは自分の方だったか。考えまいと思えば思うほど、さわやかな笑顔で挨拶をしてきたその顔が思い浮かんでしまう。
「私の宮前っていう苗字も割と珍しい方だと思うけど、真崎って苗字も、そんなにはないよね?真崎塔子……うん、いい名前」
何度目かの2人の夜を過ごした日、ベットの中でそんな話をしたこともあったのに、『鈴木』なんて、一番多い苗字じゃないか。なんでそんな苗字のやつを選ぶんだよ。ははっ、苗字で選んだわけじゃないか。そんなことわかってるさ。
何度も一緒の夜を過ごした塔子の顔を思い浮かべると、その顔と重なって鈴木哲朗の顔が浮かぶ。今ごろはもしかしたら、その2人が一緒の夜を過ごしているのかもしれない。そう思うと、悔しさに似た悲しみが胸を襲う。
この1年、やっていけるだろうか?そう思った瞬間、顔すらわからない、漠然とした、言葉でしかないAIのことが思い浮かんだ。
「ははっ、なんでだろう?」
直人はAIから感じた誠実さが、今はとても大切なものに感じ、潤んだ目の直人の胸を熱くした。
「そうだ、あの事も記事にしよう。きっとAIさんがコメントをくれるだろう」
直人はパソコンにハードディスクを差し込み、韓国旅行をしたときの写真を開いた。それは社会人1年目に、離れてしまった大学の時の友人とした旅行で、今までやったことのない射撃をしたときの自分が写るものだった。
明日に向かって(F)
「撃て!」
その言葉のすぐ下に、銃を構える自分の横顔が写り込んだものを載せた。それは耳に遮音のための大きめのヘッドホンをしているため、顔もわかり難いものだったため、そのまま載せることにした。AIさんに、ちゃんと生きた存在として、画面の向こうで現在を生きる存在として自分感じて欲しい。なぜかそう思った。
これはね、韓国旅行をしたときに射撃ができる場所があると聞いて、
今まで経験したことがなかったし、
もちろん日本でもできる場所はあるんだろうけど、
なんとなく日本の中では躊躇する気持ちもあったんで、
ならばここでと思ったんだ。
銃を撃つのって、結構難しいことだったんだ。
反動が身体にあんなにくるなんてちっとも知らなかったので
最初はもうブレブレだったんだ。
いつかあれを的に当てられるようになるなんて、
まず自分じゃ無理なんじゃないかと思いました(笑)
そう書いて更新ボタンを押した。パソコン下の表示された時間を見ると、既に23時を回っていた。この時間じゃあ、もうAIさんはパソコンの前にいないかもしれないな。旅行の写真を見ながらあれこれと懐かしんだり、銃を構える似たような写真とどちらの写真がいいか悩んでいた時間が思いのほか長かったと悔やむ気持ちと、これで明日もAIさんとここで話ができるだろうという期待とで、15分ほどAIからの書き込みを待ち、それがないことを確認し、パソコンを閉じた。
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