第26話 交流8

 翌朝、起きてすぐの習慣になりつつあるアボカドの水替えをやるが、まだ変化はない。


 アボカドをコップの水に浸けた翌日に根らしきものが見え、コップの上に見えている部分は2つに割れたが、そこから芽が出る様子もまだない。


「これじゃネタにはならないな」


 アボカドの成長は、育て方を検索したサイトで読んだ通り、これは時間がかかりそうだなと、ネタになりそうもないアボカドを見ながら、愛美はため息を一つついた。


 記事のストックはある。今日の記事は、まず昨日書いた『その道化師の名は』だ。


 朝から愛美はそんなことを考えながら春休みにやるべき決められた家事を一通り終え、同じく決められたやるべき課題を旅行の前に終えた美菜が、もう勉強はしなくていいから録画した番組を観るというので、愛美は今日もまた朝から部屋に籠ってパソコンができると、そのことで頭はいっぱいだった。


 MASATO、大丈夫かな?あれから誰かコメント入れたかな?


 昨夜見たMASATOの記事が気になっていた。自分のコメントのあとで誰かコメントを入れただろうか?そしてそこにMASATOからの返事は入っているのだろうか?


 愛美は逸る気持ちを抑えきれず、休日の朝の習慣であるひと息するためのコーヒーを入れることすらせず、部屋に入るなりパソコンを立ち上げてブログを開いた。


「ふぅ……」


 MASATOのブログの、昨日の記事のところを開くと同時に、そのため息が漏れた。


「誰も何も書き込んでいないんだな」


 これじゃ昨夜と何も変わらない。MASATOは今日、仕事なんだろうな。今日は大丈夫なんだろうか……今日も、その人と会うなんてこと、ないんだろうか?

 

 MASATOの気持ちを思うと、なんとも落ち着かない。愛美は今夜更新する予定の、『その道化師の名は』の記事の時刻設定をしようと自分のブログのホームを開いた。


「えっ?」


 それはMASATOの新着記事の知らせだった。


 つい今、MASATOのブログを覗いたばかりだったのに、昨日の記事で頭がいっぱいで、新しい記事があったことに気付かなかったのだ。

 

 愛美は自分の記事の投稿作業のことなどすっかり頭から消え、すぐにMASATOのその記事を読むためにホームにある『壮大』というタイトルをクリックをした。



     壮大(F)


 そのタイトルのすぐ下には、以前テレビで見たことのある、それはそれは大きな滝の写真が大きく載せられていた。


   ね?すごいでしょ?


   大学生の時に、アメリカ赴任になった兄のところに遊びに行って、


   その時に連れて行ってもらったんだ。


   すごく大きな滝の流れる音、そしてこの壮大さ、


   自分って、なんてちっぽけなんだって、この時に思ったんだ。


   世界には、こんなすごい場所がある。


   そうだ、自分が知らないだけの、見たことのない景色だって、


   まだまだあるはず。


   違う景色の中に、何かを見つけられるよう生きて行こうと思う。


   って、なんか大袈裟だね(笑)



 「MASATO」


 そう呟いた自分の目から、涙がポタッと落ちて、自分が涙を流していたことに気付いた。


 MASATOの気持ちに少しだけ変化を感じた。これはそう、アメリカに行ったことを聞きたいといった自分に対して書いてくれた記事だろう。そしてこの記事を書くことで、MASATOは何か気持ちに少しだけれど和らぎを感じたんじゃないか。その想いが愛美の心に一気に流れ込み、その胸を熱くしていた。


 『すごい!!私もいつか行ってみたいと思ってたんですよ。MASATO師、いいお兄様をお持ちで羨ましい。そうですよ、人生の景色だって、これから目にする景色は今以上に素敵なはずですって』


 さつきさんのコメントが入っていた。その時刻は今朝の早朝で、さつきさんもMASATOの昨日の記事が気になっていたのかなと思ったが、それよりもそのコメントに目が行き、自分だって、書くならばそんなコメントになったはずだと思うと、また出遅れた感と、なにかもっとMASATOの心に響くコメントを……と思い、夜になったらどんなコメントを残そうかと、思いあぐねていた。


 が、考えていても今すぐに書けないのだから、急いでコメントを決めないで、まず自分の今日やることをしてしまおうと、昨日と同じくゲストブロガーのブログを回り、入れるコメントを下書きに入れ、そうだ忘れてたと思い出した『その道化師の名は』の記事の更新時間の設定をして、再びMASATOのブログへと飛び、そこに新たな書き込みがないことを確認して、パソコンを消した。


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